銀行での資産運用管理の経験はありますが、転職したことはありません。
ですので、私は「社会のすべての側面を見てきた人間」ではありません。
28歳のとき、私は家業に入りました。
それは「自分で選んだ」というより、「選ばざるを得なかった」という感覚に近いものでした。
祖父は非常に厳格で、家庭でも会社でも絶対的な存在でした。
反論は許されず、家では常に空気を読むことが求められました。
このような環境では、「自分の意志で家業を継ぐかどうか」を考えることは、全くできませんでした。
会社に入って、私は労働環境のひどさに驚きました。
サービス残業は当たり前
売上が足りなければ叱責される
すべてが精神論と根性論
社長だけが良い生活をしている
それでも当時は、
「会社とはこういうものだ」
と思い込んでいました。
そして、家業を継ぐ人間には、逃げ道はありません。
もし辞めれば:
「裏切り者」
「甘えている」
といった非難を受けるのは目に見えていました。
継承者の一人として立場を得た後、私が最も苦労したのは、他社との違いが分からなかったことです。
私はこの繊維工場しか知りません。
ですので、何が「普通」で、何が「おかしい」のかが全く分かりませんでした。
会社を良くしたい気持ちはあります。
しかし:
どこが間違っているのか
どこに差があるのか
どこから改善すべきか
判断基準が、私の中には全くありませんでした。
私は他人の目を気にする性格です。
「もし私が間違っていたらどうしよう」
「会社が外部から見ておかしいと思われたらどうしよう」
そのような不安が、常に先に立っていました。
「わからない」を放置しない
だから私は、
「わからない」をそのままにしないと決めました。
継承者として立場を得た以上、
調べ、聞き、理解する必要があります。
従業員は皆、「私がすべてを理解しているはずだ」と思っています。
社長としての曖昧な判断は、社員や他の株主の不安につながります。
知らないこと自体は恥ではありません。
しかし、知らないままで判断することは、私が絶対に犯してはいけない過ちです。
専門家に任せることも理解する
そのために、顧問税理士などの専門家を雇うことができるという考え方も、私は理解しています。
実際、当社の顧問税理士は、私にこう言いました:
「あなたは料理の良し悪しを正しく判断できれば十分です。
料理を作るのは従業員や税理士などの専門家です。」
私はそれが非常に合理的で正しい考え方だと思いました。
しかし、私はそのような経営者にはなりたくありませんでした。
「料理ができる」経営者でありたい
ただ料理を食べて、「美味しい」「まずい」と言うだけの経営者にはなりたくありません。
経営者自身が高品質の料理を作れるからこそ、
作る人の苦労や悩みが理解できるのです。
時間が足りないこと
原価との戦い
失敗するプレッシャー
だからこそ、作る人と同じ視点で話し、
一緒に悩み、一緒に工夫し、
一緒にお客様を喜ばせることができます。
私はすべてを一人でやりたいわけではありません。
しかし、「わからないから全部任せる」
「知らないけど判断する」という経営者にはなりたくありません。
私が目指すもの
私は、取締役という立場に執着はありません。
正直、辞めても問題ないと思っています。
しかし、持続可能な会社だけは残したいのです。
従業員や株主が安心して働けること
家族に誇れること
次の世代に責任を押し付けなくてよいこと
私は、「家業だから仕方ない」という理由で、誰かが苦しむ会社にはしたくありません。
だからこそ、あなたに伝えたいです:
「あなたは一人ではありません」。
家業を継ぐには覚悟が必要です。
でも、自分の代で、変えることはできます。
私はそう信じています。
