今 原発に放水をしてくれた消防士の方々の会見を見ました。

奥様にメールで 指令が出たことを伝え、逢うことなく出発し、奥様から「日本の救世主になってください。」と返ってきた方や、「必ず帰る」とメールした方…

涙がでました。

奥様はどんな気持ちだったかと思うと…

私は娘がいて、まだ小さいですが
原発のことは 政府や東電を信じることにしました。自然の力は計り知れず 予測もままならないけれど、それに比べたら、壊れたものを直そうとする人の力は信じられる、と思うからです。

信じると決めたら なんだか楽になりました。地震も…原発も…という不安を現実として抱えるのは福島と茨城の方々です。皆さんに比べたら過剰反応なんてしている場合じゃないと。

週刊誌の見出し、読む人を惹きつけるかもしれませんが 恐怖を与えるようなことばかり…信じられません。

気持ちをしっかり持たなければ。まだまだ乗り越えなければならないことが続くのだから。
慌てて身支度を整え、バタバタと幼稚園に向かいました。
向かう途中に「全員来てるよ!」と友達からメールが。ボイコットを決めていた私達夫婦が子供じみていたのかと思いました。後悔の気持ちが押し寄せました。
式場に向かうと証書の授与は終わっていました。
でも進行を中断して 娘だけの授与を執り行って下さいました。練習頑張っていたのも知っていたのに、バカなことをしてしまったと娘のしっかりした姿を見て思いました。
結果的には悔しいけれど やってよかったんだと思わざるをえない、という状況だと思います。
この不安定な日々が果てしなく続くことが決定的な今、奇跡的に大きな余震が起きることなく終えることができたあの時間は 決して忘れられない思い出となり、本当に申し訳ないけれど 「よかった」と感じ、卒園児に「おめでとう」と思うことが出来ていたのでした。
しかし、園を出ると急にお腹に違和感が走り 吐き気が襲ってきました。14時頃終わって 本当ならどこかに食べに行こうかと思うところでしたが、それどころではなく、コンビニで調達しようと入ってはみたものの立っていられなくなり、一足先に車に戻り倒れ込みました。
家に着くと 余韻に浸るスキもないままに 布団に潜り込みました。
地震発生の翌日は 娘の幼稚園の卒園式でした。
眠れずに夜を明かした私は すっかり食欲をなくしていました。
「あるわけないよね(卒園式」「やらないでしょ~」と夫婦で話していると、ママ友からも「やらないよね?」という電話が。電話がつながるようになったことに安堵しながら少し話して切ったと同時に、他のママ友から「卒園式やるって」とメールが…。実は娘の幼稚園には本当に人間を疑うような理事長がいて、非常識なことを当たり前にやりかねない人だったので やるかもしれない、という予感はありました。ダンナさんは「信じられないっ 行かないよ!」と静かに怒り心頭。娘も「怖いから行かないっ」と。娘が行きたいと言えばダンナさんも動いたはずですが。ダンナさんの考えは納得がいきました。そして私達は卒園式に参加しないことにしたのです。
ダンナさんは仕事の疲れから寝てしまいました。娘は1人で遊んでいます。私は…涙が止まらなくなりました。卒園式に出してやりたい。でも怖くて動けない。なんで今日やらなければならないのか。悔しくて情けなくて悲しくて…。
時間が経つにつれ 幼稚園の様子が気になってママ友にメールしました。「みんな来てる?」「会場はホール?」返事はきません。式が始まってしまったから…。ダンナさんは寝ています。娘は「行かないよ」と言います。私は…私は… 気持ちを聞いてほしくて妹に電話しました。話していると担任の先生やお世話になった先生の顔が浮かびました。非常識な決定をしたのは理事長でしょう。そしてそれを拒否できずに家族をおいて 家を離れ 卒園児のために式に出ている先生方…そのことに気づいた時に「行かなくちゃ!」と思いました。電話を切って ダンナさんを起こしました。「やっぱり行こうよ!先生方の気持ちを踏みにじったらいけないんだよ…」泣きながらダンナさんに気持ちを伝え、ダンナさんは「分かった、分かったから 泣くな。じゃあ 行こう!」と立ち上がってくれました。
私達家族は お風呂にも入らずに 卒園式に向かいました。 (続きます)