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楽しく英語をマスターする方法

I devote myself to studying so that no one can beat me.


私は18歳のアメリカの大学生です。
今でこそアメリカにいますが、TOEIC915点を取った当時は長期留学経験がありませんでした。

900点台なんてざらにいるので、満点でないのに日記に綴るのは恥ずかしいですが、ゼロからのスタートから6年で915点を取ったことで、これから英語を勉強し始めようという皆様を勇気づけられたらと思い、この日記を書くことにしました。

私が初めて英語に触れたのは中学1年生の時です。私の母は小さい頃から強制的に英語教室に通わされ、”英語アレルギー”になってしまった経験の持ち主なので、幼少期の英語教育には反対でした。

ですので、小さい頃から英会話教室に通っていた生徒も少なくない中、アルファベット順がわからず、Tableなどの簡単な単語の綴りも分からなかった私は当たり前のように落ちこぼれました。

中学2年くらいまで落ちこぼれ状態が続き、英語の成績が相当悪かったので、母が心配して私を近所の塾に入れました。その塾は英検に特化していて、毎週単語テストがあり、範囲は50単語と7個の文章でした。人前で恥を書くのが大嫌いな私は、毎週泣きそうになりながらも着実にテスト勉強を通して単語量を増やしていきました。中学2年で3級、3年で準2級に合格しました。

高1の時に初めて受けたTOEICは715点でした。両親がご褒美として夏休みにアメリカ、オレゴンへの3週間の留学をプレゼントしてくれました。そこで、いかに自分が井の中の蛙だったかを知りました。語学学校に通っていたのですが、文法がそれなりに出来たのでクラス分けテストの成績がよく出てしまったので、アメリカ大学入学を控えた人とかもいるクラスにいれられてしまいました。先生が何言っているのか分からないし、宿題が何なのかも分からない。友達には馬鹿にされる。最悪でした。

でも、私は負けず嫌いなので、帰国後必死で勉強しました。iPodには全て洋楽をいれたり、高島屋にいって少ないお小遣いから洋書を買い読みあさったり、フィリピン人のチューターとオンラインでレッスンをしたりしました。

努力のかいがあって、約1年後の高2の時にはTOEIC820点を取れました。その頃は英語が母国語の人と頻繁にメールしていたのですが、当時の私の英語力は低かったのでそうしても言いたいことが30%くらいカットされるし、相手の言うことも60%位しか分かりませんでした。英語ができれば防げたすれ違いもたくさんありました。それが悔しくて、一日のうち使える時間全てを英語に費やしました。


高2の9月から茅ヶ崎英語方式というリスニングに重点をおく塾に通い始めました。私は3歳からピアノを習い始めて、絶対音感がありました。英語を全く知らなかった6歳くらいの時にテレビでみたライス国務長官のまねをしたときに、意味は分かっていないけれどきちんと英語になっていたらしく、父は今でもそのことを掘り返してほめてくれます。ですが、ニュースなどの早い英語は聞き取りづらかったのです。茅ヶ崎には渡米直前の今年の5月まで通っていたのですが、今大学の講義が完全に聞き取れて、不自由のないアメリカ生活が送れているのは茅ヶ崎のおかげだなと思いました。

高3の11月くらいに受けたTOEICでは915点をとりました。友人にTOEIC対策してる?と聞かれるのですが、していません。一応公式問題集は④と⑤を持っていてテスト2日前くらいに1回か2回は形式に慣れるためときました。


私の1番の勝因(?)は英語が好きなことです。高1くらいから英語が大好きになり、単語帳の例文を読むことが趣味でした。ですので、英語の勉強を苦痛に思ったことがありません。

短期間で900点突破できた要因は①単語量②絶対音感+茅ヶ崎③洋書読みあさりだと思います。

今はアメリカの大学で政治学を勉強しています。多くの留学生はESLという語学学校で英語がある一定レベルになるまで勉強するのですが、私は基準を超していたので、5月末から授業をとり始めました。

アメリカで生活していますが、アメリカに来たころから英語に困ることはありませんでした。今まで頑張ってきてよかったなと思います。

といっても、訛の強い黒人さんの英語は聞き取れない時もあるし、私は単語量が少ないのでまだまだ英語をマスターするには遠い道のりがありますが、アメリカにいるから自然に英語が身に付くだろうという神話にはだまされず、コツコツ勉強を続けていきたいです。