とっっても長らく更新が空いてしまいました…
更新が止まっている間も時々ブログを見に来て
くださる方やいいねをくださる方がいて、
ありがたい~![]()
と思いながらも
日々の育児に忙殺されておりました。
(現在進行形でほぼワンオペ3歳1歳育児に
毎日白目をむいております
笑)
すごいところで止めてしまっておりました…
続きです。
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AM8時頃?(このあたりから時間が曖昧)
A総合病院の救急処置室のような場所で
ストレッチャーの上でひとりぼっちで
ひたすら待っていました![]()
破水は続き、2分間隔くらいで陣痛が
襲ってくるなか、唯一の心の拠り所
だった胎動もわからなくなってきました。
「この子は無事なんだろうか。無事に産んで
あげることはできるんだろうか、間に合うん
だろうか。」ただただただ、不安でした。
最初の方こそは「いっしょにがんばろうね!」
とお腹に向かって母親らしく声をかけたりも
していましたが、もはやその気力もなく、
陣痛に耐えることしかできませんでした。
そして徐々にコロナの症状も出始め、
ひどく咳き込むようになってしまいました。
「喉が乾いた、、、私の水筒どこ、、、」
と思いつつ、ひとりなので誰にも聞けず…
そしてついにその時が!
扉が開き病院スタッフの方が入ってきました。
「まもなく救急車が到着します!」との事。
安堵と、この先の不安と。感情はぐちゃぐちゃ
でしたが、私の口から1番に出た言葉は、
「おみずをいただけませんか、、」でした(笑)
ちなみに返答は「無理です!」でした。
(この先帝王切開になるため絶飲(笑))
どこに連れて行かれるかわからないまま
ストレッチャーのまま救急入り口へ。
そこには数時間ぶりに会う夫の姿が!
自分の事で精一杯で気が回って
いませんでしたが、夫も別の
隔離室でずっと待っていてくれたようです。
が、夫は濃厚接触者となるため次の
搬送先へ行く事は許されず、ここでお別れです。
「奥さんに声かけてあげて!!!」と
病院スタッフに言われ、
精一杯の「がんばれ!」をくれました。
救急車のドアが閉まる前に、入院準備を
していた鞄を救急車のドアから滑り込ませて
くれた事がなによりのファインプレー
笑
バタバタと搬送準備が進む中、
救急車のドアが閉まる直前に
「よろしくお願いします!!!!」と
一際大きな声で頭を深々と下げていた
夫の姿が今も目に焼きついています。
逆の立場で考えたら、辛すぎる。
ごめんよ、夫。ありがとう。。
AM9:30頃?
救急車にはA総合病院の女医さんが
同行してくれました。先程までの
待機中にはいらっしゃらなかった(と思う)
方で、はじめまして状態でしたが、
これがまたとっても良い方で
揺れる救急車✖️陣痛✖️咳の組み合わせが
最悪すぎて姿は覚えていないのですが、
なぜか関西弁の若い女医さん(だと思う)
が、道中ずっと励ましてくれました。
「あと少しで着くからね!病院についたら
すぐ帝王切開だからね!あなたが産むのよ!
最後まで諦めちゃだめだからね!あなたが
強い気持ちを待たなきゃだめだからね!
母親はあなたしかいないのよ!」
的な事を、ずっと関西弁で励まし続けて
くれたんです!(記憶が正しければ笑)
この時点で破水から15時間、
陣発から10時間くらい。正直もう
諦めに近い気持ちもありました。
その中でこの熱い激励が本当に嬉しくて![]()
もう一度喝を入れられたような
気持ちになった事を覚えています。
AM10時頃?
救急車がB総合病院へ到着![]()
B総合病院は県下2番目くらいに大きい
実家からも近い病院です。が、この時
の私はどこに連れてこられたのか
まだわかっていません(笑)