世間を騒がせているニュースです。
自分がその場にいたらどのように診断しただろうと考えました。
以下は厚生労働省が公表している新型コロナワクチン接種後の副反応についての報告です。
ここの 12歳以上の死亡例の報告について 、1-3-1別添 に記載されています。以下引用です。
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14:18頃ワクチン接種。.本人は体調変わりなしと答えた。
14:20 頃待機場所に歩いて移動。
14:25頃、咳が出始めたため看護師が声をかけ前方に歩いて くるも、途中で座り込んでしまう。看護師が車いすで介助し救 護室に移送。その際に、「接種前から体調が悪かった」との訴 えを看護師が聞いた。看護師より、「気分が悪い人がいる」と 呼ばれて報告者である医師が救護室へ向かった。
14:28-29頃初診時、顔面蒼白・呼吸苦訴えあり。明らかな粘 膜所見なし・皮膚所見なし・掻痒感なし。消化器症状訴えな し。聴診では明らかな喘鳴は聴取できず。意識はあるものの 呼吸促迫しており、会話は単語程度を断続的にできるのみ。 バイタルチェックを指示し、SpO2 60%台であったため再検を指 示するとともに、酸素5L投与開始、救急要請。
14:30頃、バイタルチェック中に嘔気出現・泡沫状のピンク色 の血痰を排出。次いで鼻腔からも血痰が溢れ、
14:34頃意識 レベルが低下したため臥位にすると呼吸停止・総頸動脈/鼠 径動脈触れずbystander CPR開始。
14:35-36頃AED装着。 ショックの必要なしで、CPR継続。エピネフリンを静脈内投与 しようとするも静脈路確保できずCPR継続。 14:40頃、心拍再開・自発呼吸再開するも、あえぎ様呼吸であ り、
14:42頃再び心肺停止となりCPRを再開。ほぼ同時に救急 隊接触し、
14:55救急搬送となった。救急車内でもAsys継続・ 瞳孔散大対光反射なし。
15:15頃3次救急病院に到着し、引き 継ぎとなった。
15:15、隣接市の新型コロナウイルスワクチ ン接種会場から心肺蘇生患者の救急搬送を報告者の医療機 関の救命救急センターにて受け入れた。到着時、心肺停止 状態で、心電図波形は心静止であった。心肺蘇生を継続し、 ルート確保のうえ、アドレナリン1mgを投与し、挿管管理を実 施した。アドレナリン1mgを計8回投与するも反応はなく、同日15:58死亡確認となった。死亡時画像診断を実施し、高度肺 うっ血像認めた。病理解剖は実施せず。救急隊から、推定体 重110kgとの情報があった。以前のかかりつけ医からの情報 で、既往として高血圧症、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群が あった。救急搬送時の所見としては、高度肥満があり、皮膚 および粘膜病変は認めなかった。接種会場での状況につい て、ワクチン接種前から呼吸苦があったとの情報と急変時に 泡沫状血痰があったとの情報があり、急性心不全を死因とし た。
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麻酔科医としてまず目についたのは推定体重110㎏(160㎝としてもBMI42)のめちゃくちゃな巨漢。
そして高血圧、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群の既往歴。絶対担当したくない・・・。
ワクチン接種して数分で咳、その場で座り込んで呼吸苦を訴える。ここまでは確かにアナフィラキーっぽい。
でもその後の身体所見は明らかにアナフィラキシーショックっぽくない。
「顔面蒼白・呼吸苦訴えあり。明らかな粘 膜所見なし・皮膚所見なし・掻痒感なし。消化器症状訴えなし。聴診では明らかな喘鳴は聴取できず。」これを見たら、普通はアナフィラキシーショック以外を疑うと思います。
アナフィラキシーショックの診断については薬剤接種直後の呼吸器症状、循環器症状、消化器症状、皮膚粘膜症状のうち2つ陽性で診断となとなります。今回、呼吸器症状は陽性で異論はなし。次に循環器症状ですが、これが非常に評価に悩む点です。というのも、患者は「診察中に嘔気出現・泡沫状のピンク色の血痰を排出」とあります。
これを見たら普通は左心不全を疑います。アナフィラキシー単独では肺うっ血の症状であるピンク色の泡沫状の痰排泄はしない。
このドクターもおそらくはそう考えたのではないでしょうか。
(一部には嘔吐による粘膜損傷だ!と言っている人もいましたが、嘔吐したとは一言も書いていません。ただ、吐気だけです
。そしてマロリーワイス症候群は普通は頻回嘔吐後に生じます。)
さらに邪魔をするのが「もともと体調不良があった」との発言。もともと心不全や狭心症があったのではないかと疑いたくなります。(推定体重110㎏だし)とするなら、血圧低下は心不全によるもので、呼吸器症状のみとなりアナフィラキシーショックの診断基準は満たさないことになります。
ただ、すべての症状を一元的に説明できるよう試みることがセオリーです。
ワクチン接種後の呼吸苦とSpO2低下、胸部聴診で喘鳴なし、消化器症状なし、皮膚粘膜症状なし、肺うっ血、その後に心肺停止を説明できないといけない。
後だしじゃんけんは百も承知ですが、ワクチン接種によるアナフィラキシー(ショックかどうかは不明)で、コーニス症候群(アレルギー反応に伴う急性冠症候群)から急性左心不全となったのではないか、と推測します。
これなら一応は一元的に説明できるかと思います。死後の画像検査でも著明な肺うっ血があり、死因は急性心不全となっているので辻褄は合います。(おそらくはこの段階で心不全となっているにも関わらず、胸部聴診での湿性ラ音を聴取していないことは気になりますが)
では、自分がこの場にいたらどうしたか。
まずは深く考えずにエピネフリン筋注をしたと思います。
でもエピネフリン投与だけでは反応に乏しく、グルカゴン投与や、ピトレシン投与も考慮にいれるかも。そこで心不全症状もあるし、明らかにアナフィラキシーショック単独ではないことに気づいて苦悩するでしょう。エコーがあれば非常に有用なツールになりえますが、ワクチン接種会場にはそのようなものなど望むべくもない状況。
末梢ルート確保も困難そうだし、気道確保すら困難かもしれない。なにより心不全となっている人に大量輸液です。瀕死の心臓にとどめを刺す可能性だってあります。速やかに高次医療機関に搬送して体外循環(IMPELLAやECPELLA)を回して、やっと救命できるかどうかといったところでしょうか。
現時点で自分には時間をかけてもこれくらいしか思いつきません。
現場で数分単位で状態が悪くなる患者に対面した医師の心境たるや想像を絶します。
少なくとも、ニュースになっているような、「明らかなアナフィラキシーショックでエピネフリンさえすぐに筋注していたら助かった」ような症例ではないと感じます。