今日は講義が長引いた。携帯を開き履歴を確認する、いつも通り履歴はない。俺は彼女の家へと急いだ。
そういえば、彼女とアドレス交換をしただろうか。
エレベーターがまどろっこしくて階段で向かう。
彼女はいつも俺がチャイムを鳴らす前にドアを開ける。
「いらっしゃい、今日は遅かったんですね」
悲しげに微笑む彼女になんだか申し訳なくなった。
だけどこれは仕方のない事だ。それより彼女は今日は何をしでかそうとしたのだろうか。
「講義が長引いたんだ、それより今日はまだ危険な事しでかしてないよな?」
こくりと小さくうなずくものの、悪戯っぽい笑みを浮かべて彼女は言った。
「そうですね、今日はもう少しでカッターでリストカットでもしようかと思っていましたよ。あなたに必要とされない私は生きる必要ありませんから」
「間に合ってよかった、頼むからそんなことしないでくれよ」
きっぱりと言い切る彼女が俺は怖かった。
彼女は所謂ヤンデレという部類に入るだろう。
「そういえば、アドレス交換していなかったよな、今から交換――」
「いりません、私のメールは邪魔になってしまうでしょうし、私はあなたに捨てられる覚悟はできてますから」
きっぱりと言われるとこれ以上進めることはできない。
あれ、でも何か忘れているような気がする。俺はどうして彼女と付き合っているのだろうか?
最初は普通の子だった。話しかけてきたのは向こうからだった。
「初めまして、よくこの公園に来てますけど、誰か待っているんですか?」
「いや、別に……することもないし、ここの空がきれいだなーと思ってさ」
たわいもない会話から始まった俺たちの関係だった。
「空が好きだったら、いい場所知っているんだけど一緒にいきませんか?」
そんな言葉で誘われて何回も二人で出かけた。このときは気の合う友達と思っていた。
ある時は空の絵だけを展示しているという変わった美術館へ出かけた。
「空っていいですよね」
「どうして?」
「何もないんですよ、空には。しがらみやら何やら全て。空に行けば、融けて消えていけるんじゃないんでしょうか?」
なんてね、と付け加えていたが、一瞬見えた横顔は狂気に染まっているように思えた。
「ドライブって気持ちいいですね、風を体に受けられますから」
「運転はしないんだ」
「あー、ちょっと事情があるんですよね」
気まずそうな彼女からはこれ以上は聞かないことにした。
到着した場所は海だった。
「きれいですよね」
「ああ、そういえばここに前も来たことあるの?」
「そうですねー、自転車で……うそですよ。友達と来たんです」
彼女の筋力じゃここまで来ることは不可能だろう。
「空の青と海の青ってどうして違うんだろう?」
「それは……やっぱり、海も空も他と違うようになりたかったんですよ。同じだったら一つにされちゃいますもん」
思った以上にかわいらしい彼女の言葉に吹きだした。
彼女はただのロマンチストのようだった。
「夕焼けってずるいですよね」
「どうして?」
「だって、あんなにも簡単に色を変えてしまいますから」
ずるいし、羨ましい、と彼女は言った。
俺が言うべき台詞は分かっていた、でも俺が言ってもいいのだろうか。
「俺はきみに染まってるって言ったら変?」
「本当に? うれしい」
今までで一番うれしそうな彼女の顔だった。
少しだけ関係が変わって、彼女の家に何度も訪れていた。
「マンションなんですけどね」
「いいんじゃないか別に。やっぱ俺の部屋より片付いてる」
何も変わったことはしない。テレビを見たり、ゲームをしたり。そして……空を眺めたり。
「ここから見る空もきれいだと思う」
「なんだか私のことじゃないのにうれしいです」
俺たちは幸せだった、はずだ。しかし……いつからか彼女と会わなくなった。
いや、彼女はなぜか俺を部屋へ入れようとしなかった。
「誰ですか、帰ってください」
この言葉が繰り返された。
俺も大学生活が忙しくなり、彼女の元へ行くことは少なくなった。
それからどれくらいの月日がたったのだろうか。
「彼女が……事故にあった……どこにいるんですか!」
俺は慌てて彼女の病室へ向かった。
彼女は前の彼女とは違っていた、そう今の彼女になっていた。
「よかった、貴方がいない世界なんて私には無意味ですから」
笑う彼女は俺に愛おしさと切なさを感じた。
彼女が退院してからこんな生活が続いた。
毎日講義が終わると、彼女の家に行きたわいもない話をする。遅れれば彼女は自分を傷つける。酷い時は死ぬ直前まで行ってしまう。
それでも、俺がチャイムを押す前にドアを開けるのは不思議でならない。
「いらっしゃい、今日も来てくれたんですね」
傷だらけの体でも俺を見て笑ってくれる彼女が俺は好きだった。
そんな俺も彼女に依存しているのかもしれない。
「あれ……珍しくメールが来てる……急いで行かないと!」
彼女のメールにはさようならの一言が書いてあった。
彼女の部屋へと急いだ、まどろっこしいので階段を使う。
勢いよく彼女の部屋へ入る。彼女は今まさにベランダへ向かうところだった。
「いらっしゃい、貴方は思い出しました?」
俺は今の行動を思い出した。俺はドアを開けていない……。
「もしかして……俺って」
「そうですよ、だって私は貴方が見えなくなったのですから、一度ね」
なるほど、じゃあどうして……。
「だって、大好きですから。貴方がいない世界なんていらない。って言いましたよね?」
そして彼女は落ちて行った。
俺の手は空しく何もつかむことはできなかった。
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アトガキ
ヤンデレ可愛いよねって言う話。
ヤンデレかわかんないけど。
そして、一応柚雨ちゃんに捧げるよ。よかったらもらってあげてw