久しぶりに通った川沿いの道。並木の桜のつぼみは、大きく膨らんで開花を待ちきれない様子。
衝撃だったのは、桜の向こうに広がっていたはずの小さな田んぼ。梅雨の前には、稲の葉にホタルが飛び交い、心が安らいだものだった。
その豊かな田んぼが転用され、太陽光発電設備が設置されていた。

田んぼを太陽光発電に転用することで、土地の固定資産税は増加する。稲作の労力を考えると、初期投資も含めて売電した方が賢い選択となるのだろう。
この先も、高齢化した多くの農家が、稲作をやめていくのかもしれない。

昨今の米価の高止まりは、どう考えても、減反政策の行き過ぎによるコメ不足が原因だ。消費量(必要量)を生産量をバランスさせ米の値段の安定化を図ってたら、米が不足してしまったという笑えない話。うまく天秤にかけたつもりで、片方がオーバーシュートしてしまう。プロでもよくやる間違いだ。

日本の米作はどこへ向かうのだろう。国民は「安いカルフォルニア米」を食べて、高級な味の良い「国産米」は海外へ輸出する。
考えてみれば、江戸のころ、お百姓さんたちは、自分の造った米は年貢として徴収され、「ヒエやアワ」を食べていた。歴史は繰り返すのだ。


「国産米」というプレミア品は、年貢として召し上げられる。
合理化を追求する日本の現実だ。


「消費税の増税」あるいは「現状10%のまま」、そして「消費税ゼロ」。
30年後の日本の税収シミュレーションによれば、「消費税」は大きな財源だ。「日本の経済が低調化」しようとも、「国民の生活が苦しく」なろうとも、消費税で税収は安定する。財務省が考える未来の日本がそこにある。税収は確保できるから。。。YouTubeでリアリストが絶対に論じない、今じゃない先の予測の話だ。

「国債の発行」、「消費税減税」は、いま、生活に苦しんでいる人々への救いだ。逆に言うと、消費税は日本の未来を救う。
仮に坂本龍馬が現世に生きていたら、彼はどちらを選ぶのだろう。やはり、今を憂えて声を上げる前に、新選組に切り捨てられてしまうのだろうか。

しょせん、生成AIでのお遊びでしょうと言われるに違いない。
それでも、「砂漠に不時着した飛行機乗客のサバイバル方法」などに例えると、妙にストンと来るものがある。
水・食料の確保。そして分配。だれに、どのように分配するのか。みんなが生き残るにはどうすればいいのか。

・・・ChatGPTは説く。
リーダーシップを発揮し、役割分担や協力体制を整える。
過度な恐怖や焦りを避け、合理的な判断を心掛ける。


モンゴルに行って、日本語教師をしていた時期があった。生徒は私立校の中学生から高校生。生徒数は全体で100名程度。学年によって異なるが、生徒数はひとクラスが10人~20人程度だった。
日本語教師の資格を持ってないから、もぐりの教師だ。ボランティアの教師であっても、現地の人の職を奪うことになるので、教壇に立つのは違法就労。なので、モンゴルに対し有益と主張するも、滞在が許されたのは観光目的の30日。延長を申請して60日。。

モンゴルの少女・少年たちに日本語を教えていて、いろんなことを考え、そしていろんなことを学んだ。・・・教師って大変な仕事だ。
ちなみに、数学は優秀な教師たちがそろっており、高校生で日本の大学教養課程(微分積分や線形代数、確率統計、行列など)を生徒は学んでいる。

日本語に興味のない生徒たちに、どうやって日本語を教えるのか。同僚となったイギリスから来ていた英語教師と毎日、真剣に話をした。というか、モンゴル語ができないので、日々の会話は英語を話す一部の教師に限られるわけだが。。。

「理解が困難な話を聞いてもらう」。
中学生は遊びたい盛りだ。
英語で日本語授業をしようにも、こちらの話は聞いてくれない。声を大きくして、否が応でも英語・日本語が耳に届くようにする。。。というのは最低の選択だ。

理想は、すべての生徒が興味を持って積極的に聞いてくれる授業だ。しかし、凡人の僕にはできなかった。なぜ若き彼らが日本語を学ぶことが必要なのか。経済が縮小し、低所得・低い生活レベルに甘んじている日本だ。どこに日本語を教える意義がある?

「積極財政」を主張する経済学者たちも然り。興味を持たない一般大衆に声を届かせようと大声で叫ぶ。聴衆は、その大声を不快に感じ、その声を遠ざけようとする。最悪なのは、大衆を理解させようといろんな数字を持ち出すが、理解不能な数字はいくら積まれても理解は難しい。

・これまで30年にわたる日本の「緊縮財政」では、経済の縮小効果しかなかった。
・政権交代を契機に、「積極財政」を数年間、試験的に行い改善がみられなければ元に戻す(消費税を復活)。

でいいんじゃね?・・・スティーブ・ジョブズなみに。

ちなみに、モンゴルでの日本語教師は、何回か原因不明の発熱・下痢が続いた。コロナの最中だった。体力的・精神的に死ぬんじゃないかとの心細い思い。職を辞退して帰国した。日本語が通じない異国の地での教師。ムリゲーだった。そんなぼくが何かの話をしても、だれも聞かないのはまちがいない。