ブログネタ:あなたはお母さんがいくつのときの子? 参加中本文はここから
自分の母親は昨年9月に永眠しました。
もともと母親が38のときに生まれました。
兄弟上が3人いて、上から14.12.10離れている。
たとえるならサザエさん的な?w
正直一人っ子みたいだった。
兄弟に喧嘩で勝てることなんてなかった。
でも、みんな優しかった。
母親は准看護師の免許をとり、働きながら正看護師の免許をとり、
保健師、助産士、養護教諭の免許ももっていた。
自分が母親の仕事に興味をもったことには
学校の先生だった。
物心ついたときから母親はC型肝炎だった。
インターフェロンという強力な治療もした。
副作用がつらくてやめた。
それがまだ自分にとっておさないころ。
高校になって親父が膀胱がんの末期とわかった。
幸い放射線治療で小さくなり、手術ができた。今も元気だ。
月日はながれ、母親の状態は悪くなって、
肝硬変、肝がんとなった。そして
ある日夜勤明けに親父から電話があった。
母さんが。
急いで家を出た。
羽田から飛行機を探した。
奇跡の1席あった。
タクシーの運転手におつりはいらないからといって飛ばした
間に合った。しかし、沈静がきいており、
意識は遠かった。
うん。。うん。。痛いくらいしか発言がなかった。
でも、そこには母がいた。
ぬくもりがあった。
家族がそろった。
その明け方、
母は旅立った。
看護師だったこともあり、兄弟や親父を心配させまいと
頑張った。
最後の最後まで泣けなかった。
でも、病院の看護師さんと一緒に母親の体をきれいに拭いた。
普段亡くなった患者さんを拭くことはたくさんあった。
しかし、自分の母を拭くことになるとは。。
葬式も終わり、母親を火葬場へ移動するとき、
母の写真をもって霊柩車へ進んだ。
この時、親族へお辞儀をした。
この時、涙が急に止まらなくなった。
緊張が急にほぐれた感じ?
いきなり、写真の入った額が温かく感じた。
そこにいるようなぬくもりだった。
人目を気にせず泣いた。鼻水も涙もわからなかった。
しかし、一年たった今でも、実感がない。
ひょこっと出てくるのではないか。。そう感じる。
はい、脱線しました。自分は母が大好きだったんだと思います。
そして、親父も兄弟もみんな好きです。
絶対に恩返しをするんだ。そう心にとめて日々頑張っています。
