中国往復を中心に飛行機の国際線に乗る機会が多い。

たまたまその時間帯の飛行機に乗っているせいかも知れないが、どこの会社でも、離陸後、しばらくすると、飲み物と食事のサービスが始まる。

航空券の代金に含まれているサービスだから、ビジネスクラスより上ならともかく、私が頻繁に利用しているエコノミークラスでは、大したものが出るはずもない。

別に楽しみにしているわけでもなく、期待している訳でもない。

が、このころ頻繁に利用している中国の大手航空会社の「それ」は本当に凄まじい (⌒-⌒; )。

昔は月ごとに出る料理が変わっていたように記憶しているが、今は四季の変化も全く無視して、全く同じ。味も「暴落」して「××の◯◯」に近い、か。ヽ(;▽;)ノ

「こんな値段で乗せてもらているんだから」「着いたら美味しいものがいっぱいあるから」と思って、箸もつけないこともあるが、日本の団体ツアーのほとんどは、これを「一食分」としてカウントしていると思えば、悲しくなる。(-_-;)

しかし、問題はここから。

通常、国際線のこの手のサービスでは、まず飲み物がサーブされ、その後食べ物という流れだと思うのだが、この航空会社では逆。!(◎_◎;)

さらに牛肉か鳥肉もしくは鳥肉か魚肉という具合に料理の選択も出来るが、私にこの選択が出来たのは、一体いつのことだっただろうか。_φ( ̄ー ̄ )

些細なことかもしれないが、さすが「8回連続」だと、ムッとするどころか腹が立つ。席の位置も毎回違うのに。「運がない」と笑えない。(`_´)ゞ

この航空会社の私が利用する路線は、日本人の利用比率が高いためか、鳥肉が選ばれることが多い。いつも私の目の前で鳥肉は尽きてしまって「鸡肉没有」(「鳥肉はない」と言う本来の意味ではなく「私の責任じゃないわよ」と言う口ぶり)と言って、有無を言わせずに、絶対に鳥肉より美味くない(大昔の記憶なので怪しいか)牛肉もしくは魚を押し付けられる。(; ̄ェ ̄)

客が少なければ前方から、多ければ前後両方かのサーブだが、ともに外れてしまう。(;゜0゜)

要するに、客の欲する数と、準備されている数にズレがあることは明白だが、改善の兆しはない。空港に早く行って搭乗手続きして、前方の席を確保すればいいのかもしれないが (⌒-⌒; )。哈哈哈。

中国国内出張があり、別の大手の飛行機に乗った。料理の選択ができ、味もよし。すごいご馳走のように思えた。そんなわけないのに。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ。
森、いや、物凄く狭い庭なので林かな?、と化していた自宅の植木を剪定してもらた。薄暗かった部屋が物凄く明るくなったので家族がみんなビックリした (; ̄ェ ̄)。

散髪屋の様に切り過ぎのクレームを心配する植木屋さんに「この際、バッサリいって下さい」といったのは私。

でも、ここまでやるとは (@ ̄ρ ̄@)。

15年前に植えられた柳の木。親指と人差し指で摘める枝だった。亡くなった母が「ここは西日で暑いから」と植えた。日本では柳の木はその姿から「垂れ下がる」として、あまり庭木には用いないと聴く。しかし、中国・蘇州を旅して柳の木が気にいっていた母は、類稀なる現実主義者であったことも重なり、自らの自宅に植えている柳の枝を手折り、息子の新居に挿し木することにした。

長い付き合いの植木屋さん。「この木があの時の枝ですか•••」と感慨深かげであった。

夕方、自宅に戻ると、狭い庭は見違えるように広々としていた。しかし、二股の枝から巨木に成長した柳の木は1本の幹になっていた。ほかにも、春の植木市で景品としてもらい、やはり巨木となっていた木蓮の木も姿を消していた。切株から「涙」のように地下から吸い上げられた「水」が滲んでいた。・°°・(>_<)・°°・。。

枝や苗木が「巨木」と変化する程の月日が流れていたことに、驚きを覚える。

日常は無慈悲に流れ、文字通り、光陰矢の如し。

植木屋さんによると、残された幹は再び芽吹き、元の姿を目指すのだそうだ。

次に庭が森となって、剪定を頼む時、
私は何を思うだろう _φ( ̄ー ̄ )。
「つぶやき」にも書いたが、突発事象の発生で高速バスを使って会社に戻ることになった。ホテルからタクシーでバスセンターに着き、チッケト売り場へ急いだ。

窓口は二つで、一方は長蛇の列。もう一方は初老の男性一人。発車時刻をキチンと確認していなっかたので、早く順番がまわると思われた男性の後につけた。

ところが、男性の対応はなかなか進まない。観光チケットの説明、時間の確認など、この窓口で対応することが適当であるか疑わしい事項に対して「懇切丁寧」な対応が行われていた。

時間は刻刻と流れ、もう一方の長い列は見る見るうちに消滅。はっきりしない出発時間の不安もあり、私は男性の頭ごなしに、担当の女性にバスの発車時刻を尋ねた。

男性はハッとして「お先にどうぞ」と順番を譲ろうとした。言葉に独特の訛りがあり、半島からの観光客と見うけられた。

幸運にも発車時間には余裕があった。女性はしたり顔で「しばらくお待ちください」と言い、男性に対し「懇切丁寧」な対応を再開した。窓口に列んで15分が過ぎようとしていた。

「時間もあるし、いいか」と諦めかけた時、消滅した列の一番最後に列んでいた若い欧米人が「お先にどうぞ」と私に順番を譲ってくれた。ようやくチケットを購入。彼は私の後ろの女性にも「どうぞ」と自分の順番を譲った。「ありがとう」の言葉に彼は「いいえ」と微笑んだ。

この間も「懇切丁寧」な対応は延々と続いていた。「私は外国人観光客に丁寧な対応をしている。何が悪いの?」彼女の「確信」は揺らぐことないように見え、そして窓口のお客さんは、この男性だけになった。

ガラス越しに見える窓口の向こうには、そこで何があろうが無関心の社員たちが多数。客商売でこんな対応は最近見たことがない。

レジが混み出すと「対応お願いします」の声に、商品陳列に当たっているパートが「はーい」と素早く移動するスーパーも珍しくない。空港では出発時間の迫った乗客を優先する。それが客商売だ。

さて、バスセンターの窓口。悪いのは誰?分かっているのは、こんな会社には、創業200年はない、ということ。ああ、この会社既に身売りしったんだった。
ウォーキングのコースである小高い台地から市街地を見下ろすと、いつもとは違って、小さな田舎街が騒がしい !(◎_◎;)。

高台から見るパラノマの左右から様々な声色の「がなり声」が立体的に聴こえてくる。拡声器から出る「大音」に反応して、いつもは昼寝に勤しむ飼い犬たちも、これに負けじと吠えたてるから、日曜日の静かな昼下がりも、都会の喧騒も顔負けの喧しさだ (ーー;)

「ご迷惑をお掛けします」と決まり文句がついてはいるが、本気でそう思っている様子はかけらもない。文字通り意味のない枕詞だろう。

選挙カーで名前を連呼する行為で、果たして票は増えるのか。むしろ減るだろうと言われて久しい。それでもみんな止めないのは何故だろう ( ? _ ? )( ? _ ? )

前回の時と同じ疑問は解決されないまま、また同じ光景が繰り返えされる。これも民主主義のコストか。統一地方選も今度の日曜日でおしまい (((o(*゚▽゚*)o))) 。

とりあえず、投票場に行こう (^O^☆♪。
いつも変わらない「日常」にあって、ふっと気づくと変わっている「こと」や「もの」が結構あったりする d(^_^o)。

たとえば、iPadを買って変わったこと。

早速脱線。去年の11月でした。iPad2がこんなに早く出て悔しい思いをしていたのですが、最近はipad2も買おう、と思い始めてます。理由は後述 ヾ(@⌒ー⌒@)ノ。

スマホも買おう。但しiPhoneじゃないタイプで。iPadやiPod touch て、基本的に iPhone と同じだし (ーー;)。

さて本題。ipadを買ったため起こった変化。

PCを立ち上げることが極端に減った。起動させない日もある。
故にPCでメールをチェックすることが極端に減った。

Twitter、mixi、FacebookなどSNSにどっぷり浸かるようになった。
これに伴い、携帯メールの使用頻度が極端に落ちた。
付随して、携帯サイトを見なくなった。

SNSの活用により、PCでも携帯でも、Yahoo!やGoogleなどポータルサイトを見る機会が激減した。

新聞や週刊誌など文字系媒体を読む頻度が落ちた。
テレビや映画等の映像メディアを見る頻度が低下した。

記事や作品等を読まなくなったり、見なくなったわけではありません。ネット経由でちゃんとチェックしてます。ただ、前述したとおりポータルでなくSNS経由が激増 !(◎_◎;)。

またPC作業で、かたくなに守って来たキーボードの「カナ打ち」だったが、「ローマ字打ち」でも気にならなくなって来た。ipadではローマ字打ちしか出来なかった 。・°°・(>_<)・°°・。。

余談ですが、私はこれまで、ローマ字打ちが出来なかった訳でありません。英文やプログラムミングの時は使ってました。

人に言わせると、世にも不思議な「両刀使い」らしいです。ローマ字打ちが使えるなら、それで統一すればいいのに、という皮肉を込めて。

でも、カナ打ちも捨てたものではありません。ブランドタッチ(もしくは近い状態。私みたいに)が出来るのであれば、やはり、1文字を打つスピードは全然違います。

「きょくたん(極端)」と打つにしてもカナであれば、5回で済むのにローマ字であれば「kyo ku ta nn」の9回が必要です。長文であればバカにならない差が出るでしょう。

脱線ついでに、文書書きがPCでなく、「ワープロ」で行われていた大昔、富士通は日本語入力に「親指シフト」という独自の方式を推進していて、独自のキーボードもあった。確か「オアシス」とかいったような _φ(・_・。その道のプロに言わせると、この方式が日本語を入力するのが最も高速なのだそうで ( ̄^ ̄)ゞ。

しかし、この方式が生き残っていたら、それこそGalapagos でしょうね。自慢ではありませんが、私、これも使えました ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆。

さて、ipad。使い始めた頃は、その脅威的になバッテリーの「もち」に驚愕していました。でも、最近は超ヘビーユーザーと化し、日の途中で充電が必要なことも。仕事にも支障が出るので、もう1台・・・。そこでipad2かなって ( ̄^ ̄)ゞ。

何かまとまりのない文書になってしまった (~_~;)。

次回は、中国に頻繁に行く様になって起こった変化について ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘ ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘。
「東日本大震災」から1日以上の時間が流れた。

テレビなどで、
津波に襲われる東日本の同胞たちの「映像」を改めて見せつけられ言葉を失う。

地震の第一報を聞いたのは、15時過ぎ。
熊本市であった会議。参加していた知人の親族からの電話であった。

「東京では大きな揺れでみんな外に飛び出した」
「東北は震度7らしい」

中国四川省の地震の時、
経験したことのない大きな揺れにビルの外に飛び出す北京市民の姿に、
「地震って奴を知らないと、外に飛び出すんだ。部屋のほうが安全なのに」
と思った地震大国の住人の「自信」は打ち砕かれた。

今回も「大きな揺れ」に対して、予想どおり、日本の建物は強かった。
でも今回は家の「部屋」には居てはいけなかった。
津波は「部屋」に残っていた人たちをあざ笑うように飲み込んだ・・・。

東北地方は戦後間もなく、南米チリの地震で生じた津波で大きな被害を受けた。
東南アジアでの津波の映像を見た同胞も多いはず。
「TINAMI」は日本語でなく、英語でもなく世界の共通語だ。

今回、地震に通じた国の同胞たちの行動は、
映像で見ると、少しばかり、無警戒で無用心だった。

地震には馴れていても、津波については違っていった。

確かに映像で見る現実は、あまりにも「現実ばなれ」していて、
3Dを映画館で見ているようだった。
目の前で起こっていることは、
ゴジラやガメラに襲われて起こっているフィクションではなく、
現実の話なのだ、と我にかえるまで、ちょっと時間が掛ってしまった。

様々な映像が明らかになるが、
とりあえず「避難」した同胞たちの「えっ、まさか」の表情が、
予想外の出来事の凄まじさを語っている。

様々な映像の存在が「阪神大震災」の時と大きく異なるところだろう。
テレビが取材入るまで、その被害の大きさがみんな分からなかった。

ネット社会の到来は、リアルタイムに近い形で全世界に、
この「惨状」の情報を発信した。

映像にしかり、メールにしかり。

インドにいた知人はTwtterで「第2故郷」の知り合いたちに呼びかけ、
仙台の大津波に「逃げて」とリツィーイトを呼び掛けた「見知らぬ知人」たちが多数いた。

今、被害の大きさに対して漂うのは脱力感だろう。

しかし、まだ終わっていない。
福島の原発で起こっている事象に、世界中の注目が集まっている。

もちろん、現場やってるほうには、そんなことを気にしている余裕はないだろう。
頑張って下さい・・・・、ということしかできない。

年が明けてまだ3カ月。しかし、年末に発表される漢字は決まったも同然。
ニュージーランドで、菅政権も、そして東日本も・・・。

「震」

ひっよとすると、「阪神大震災」の時、同じ漢字だったかも。

最後にマスコミと称される会社に属する後輩たちへ。
御巣鷹、阪神大震災・・・。「遭遇する」と言える出来事に出合えた××に感謝せよ。
頑張れ。
以下のツィートを見つけた。

ある妻がプログラマの夫に「買い物にいって牛乳を1つ買ってきてちょうだい。卵があったら6つお願い」と言った。夫はしばらくして、牛乳を6パック買ってきた。妻は聞いた「なんで牛乳を6パックも買ってきたのよ!」夫いわく「だって、卵があったから……」

2011年2月22日21:12:02 @jugglyから

吉牛で同じような経験をしたことがある。
牛丼並盛り汁だく4個を持ち帰る際の話。

アルバイトの女学生「紅ショウガと七味は個数分で宜しかったですか?」
李寅「いや、2つずつ下さい」
女学生「承知しました」

会合場所に戻ると「めし、めし」と牛丼の到着を待っていた仲間たちは袋の中をガサガサ。
そして「おい、何で紅ショウガと七味は2つずつしかないんだ。足りないだろう?」
「えっ(; ̄O ̄)(; ̄O ̄)」

確かに女学生がやったも夫がやったことも間違いではない ( ̄^ ̄)ゞ