私はよく人に言われます。
「英語の才能あるよね」と。
確かに側から見ればTOEIC満点を取って、英語をそれなりに使用してる私は才能があるように映るのかもしれません。
では、本当に英語を極めるために才能は必要なのか。
天才である必要があるのか。
はっきり言います。
才能はいりません。
そして、私自身特に才能はありません。
私に才能がないとはどういうことかと言うと、まず、記憶力はそこまでよくありません。
英単語ひとつ覚えるのに何回も何回も繰り返し見る必要があります。
また、発音に関しても英語を始めて数年はひどいものでした。
theが/ðə/という子音から始まることさえ理解せず、/zə/と何年も発音していました。
英語をたくさん聴いていたにもかかわらずです。
つまり耳もそれほど良くない。
文法を理解するにも時間がかかりました。
しかし、やはり石の上にも三年といいましょうか、何年も何年も英語に触れ続けていたらいつのまにか今の実力がつきました。
そしてTOEICで満点を取った後も、少しずつ少しずつ実力は上がっています。
語学の才能がなくても英語はうまくなるのです。
では、語学に才能はあるのか、天才はいるのか、という問題ですが、はっきり言います
います。
私は今までたくさんの英語が得意な人に出会ってきました。
海外に何年も住んでいた人、幼児のときから英才教育を受けてきた人、東大に行った人。
しかし、その中でもダントツに語学の天才だと思った人は三人います。
ひとりは、生まれも育ちも日本に関わらず、完全に英語で考え、話し、極めて高い内容を話す方です。
正直この人に会ったら誰もがひきます。
ひくんです。
もはや日本人の面影は全くありません。そこら辺のネイティブの大人より難解な語彙を使い、難しい内容を話せます。
彼女は海外の有名大学に何千万円もの給付奨学金を受けて最高GPAで卒業し、今はアメリカの大学で働いています。
もう6年ほどの仲になりますが今でも信じられないです。
私が今から40年アメリカに住んで、40年間全く日本語を話さず英語のみで生活をしたとします。
それでも追いつけないと断言できます。
もうひとりは大学時代、英語のクラスで出会った女性です。
最初ディスカッションをしたとき、私は耳を疑いました。
「あれ、おれ今アイビーリーグで授業受けてんだっけ?」
それほどまでに美しく、洗練された英語を話していたのです。(ちなみに私の出身大学は世間的には難関の旧帝国大です。)
海外に5年や7年住んでいたレベルではありません。
もはやイギリス出身の先生も彼女の英語にひいていました。
大学まで海外にいたのかなと思い尋ねてみました。
すると、
「いや、海外住んだことないよ」
また、耳を疑いました。
私「え、ならずっとインターだった?」
彼女「ううん」
その当時私はTOEIC満点を既に取得しており、スピーキングに関しても5年くらい海外に住んでた人には負けないレベルでした。
そんな私が一瞬で負けを認めた人でした。
彼女は将来どうなるのだろう。
友達になればよかったと少し後悔しています。
最後のひとりもまた純ジャパです。
その人はたまたまあるプログラムで出会った高校生でした。
その人も完璧な英語を極めて論理的に話していました。
長くなってしまったので詳細には書きませんが、この人も私が一生かけても追いつけないと思いました。
このような人たちに出会い英語を諦めたくもなるかもしれませんが、私はこれからも突き進みます。
この天才たちに少しでも近づけるように。