僕には夢がある。
幼稚園児だった頃からずっと追い続けている夢が
そう。大工だ。
当時、幼稚園に通いまだオネショが直せなかった僕。
幼稚園から帰るとオネショをしちゃった布団をベランダから取り込まなければいけなかった。
そんな毎日を繰り返していると
ある日隣の敷地で住宅の工事が始まった。
毎日帰ってきてはベランダからその工事を見てた僕。
そんな僕を見かねて
工事の職人が「おい。ボウズこっち来い。」
とよんでくれたのがはじまり。
それから毎日工事現場に行っては
ユンボに乗せてもらったり
玄能の使い方を教えてもらったりしていた。
それから僕の夢は大工になった。
大工になるのを目指して当然のように大学の建築学科に入学したのだが
いざ就職の時期になるとなかなか職人の世界には踏み込めなかった。
理由は簡単だ。給料と社会保証が悪すぎる。
大学を卒業してまで両親に養ってもらう訳にもいかず
むしろ学費を返済しなければいけないくらいだ。
それを考えたらとてもじゃないが職人にはなれなかった。
それじゃあと
東京で一番とよばれる工務店の現場監督となるのだが
心も身体も壊すレベルの激務に納得がいかず
1年4ヶ月勤めた会社を
不円満退社した。
次の就職を決める事なく退社したのだが
色々な縁が重なり
2015年9月。24歳。
埼玉県川越市にて
大工修業をはじめる事となった。
幼稚園児だった頃からずっと追い続けている夢が
そう。大工だ。
当時、幼稚園に通いまだオネショが直せなかった僕。
幼稚園から帰るとオネショをしちゃった布団をベランダから取り込まなければいけなかった。
そんな毎日を繰り返していると
ある日隣の敷地で住宅の工事が始まった。
毎日帰ってきてはベランダからその工事を見てた僕。
そんな僕を見かねて
工事の職人が「おい。ボウズこっち来い。」
とよんでくれたのがはじまり。
それから毎日工事現場に行っては
ユンボに乗せてもらったり
玄能の使い方を教えてもらったりしていた。
それから僕の夢は大工になった。
大工になるのを目指して当然のように大学の建築学科に入学したのだが
いざ就職の時期になるとなかなか職人の世界には踏み込めなかった。
理由は簡単だ。給料と社会保証が悪すぎる。
大学を卒業してまで両親に養ってもらう訳にもいかず
むしろ学費を返済しなければいけないくらいだ。
それを考えたらとてもじゃないが職人にはなれなかった。
それじゃあと
東京で一番とよばれる工務店の現場監督となるのだが
心も身体も壊すレベルの激務に納得がいかず
1年4ヶ月勤めた会社を
不円満退社した。
次の就職を決める事なく退社したのだが
色々な縁が重なり
2015年9月。24歳。
埼玉県川越市にて
大工修業をはじめる事となった。