やさしいおはなし☻

やさしいおはなし☻

やさしいが好きです☻

Amebaでブログを始めよう!

朝から鏡の前に座ると少しだけ眠そうな

いつも見慣れた顔がある


お肌の状態は悪くないみたいだと

しげしげと観察しながら

今日のなりたい自分をイメージする

今日はプレゼンの日だから

意思の強そうなイメージにしたいな

だけど少しだけ女性らしさも大切にしたい


キリッと8のフワッと2でいこう!


そうと決まればまずコーディネートを考える

久々にお気に入りのパンツスーツをおろし

ハンガーに吊るしておく

中はシンプルなカットソーにする

いつもはヒールのない靴だけど

シャキッと背筋を伸ばすために

今日は少しだけフェミニンなヒールを準備した


メイク下地を丁寧に塗って

ファンデーションで丁寧に肌を作る

今日はアイメイクに艶を出すから

肌はマットな感じがいいかな

決して化粧が上手いわけではないから

丁寧にムラのないように仕上げていく


アイメイクは強めにしたい

知的に見えるようにでも女性らしさも欲しいから

オレンジ系のアイメイクにする

ベースにゴールドのアイシャドウを広げ

その上にアプリコットオレンジのアイシャドウを重ねる

目の際にはブラウンのリキッドアイライナー

目尻を少し上がり気味にすーっと引く

同じくブラウンのマスカラを丁寧に重ね塗り

昔本で読んだように

私の想いが届きますようにと

睫毛の先までしっかり伸ばしていく


眉も髪と同じブラウン系にする

20代前半の時は細眉全盛期だったけど

今は随分ナチュラルになったなぁと思いつつ

左右のバランスを見ながら

足りないところを埋めるように眉を作る

眉を見れば人の精神状態がわかるらしいから

描き終えた後に必ず俯瞰で見てみる

今日はナイスバランスだ


アイメイクをパキッとしたので

リップは薄めにしてバランスを取る

リップクリームをていねいに塗り

薄付きのオレンジ系のグロスを塗る


髪の毛をヘアアイロンで丁寧に整えた後

ワックスで少し毛先に動きをつける


手を洗った後は

ハンドクリームを丁寧に塗り込み

準備しておいた洋服に袖を通す

しっかりプレスされたパンツスーツは

身に付けるだけでシャキッとする

合わせたヒールが女性らしさを加えてくれる筈だ


メイクも服装も

キリッとの中に少しのフェミニンさを加えて

フワッとを残しておくのが私好みだ


うん、今日も決まっている


姿見で全身を確認して自己満足に浸る


あ、いけない

あと10分で出なきゃ!


カバンに入れる書類やパソコンを確認しながら

出発の準備を進める

忘れ物もないし部屋も散らかっていない

戸締りを一通り確認して玄関に向かうと

起き抜けの淳哉が声をかけてきた


今日も決まってるね

いってらっしゃい


出社に向けキリッとしていた気持ちが

フワッと溶けそうになる


いってきます


そう言いながらいってきますのキスをする


淳哉は少しだけはにかんで唇を指で撫でて

気をつけてね、と呟いた


淳哉に玄関で見送られながら家を出る

居職の淳哉は私を見送ったあと

準備をするのだろう

その様子を思い浮かべると優しい気持ちになる

なんだか嬉しくなってきて

駅までヒールの音を響かせながら歩いた


改札を通る頃にはキリッとした自分に戻る

キリッとフワッとのバランスが

今日もちょうど良いな

そう思いながら頭の中では

今日のプレゼンの段取りを考え始めていた

脳内のシミュレーションが終わると

ふと朝のキスを思い出した


あ、グロス塗り直さなきゃ


気がついて心の中でふふふと笑う


会社に着いたらグロスを塗り直す


新たな脳内タスクを追加しながら

今日はどんな一日になるのかが

楽しみな自分を感じていた

カタカタカタカタ


キーボードを叩く音が絶え間なく聞こえる

みんな真面目だな

少し前に今日分の仕事を終えて

ぼんやりしていた私は珈琲をすすりながら

そんなことを考えていた


とはいえ私自身先程まで集中していたので

体はガチガチ

心なしか偏頭痛すら感じる


これは、アレか

行っとく?行っちゃう??

ということでバレないように予約画面を開き

帰宅時間に合わせて予約する


帰りの電車では運良く座れた

携帯を見る気すら失せるレベルのガチガチ

ぼんやりと見るともなく周りを見ていると

私以外の全員が

携帯と睨めっこか寝ていた


今変顔しても気付かれないだろうなー

そう思うと少しだけ笑いがこみ上げてくる

ニヤニヤしていたら携帯から顔を上げた

可愛い女子と目があって

少しだけバツの悪い思いをした

誰も見てないからといって

変顔、ニヤニヤ、だめ、絶対


電車を降りる頃にはガチガチの体が

悲鳴を上げていた

もう少しもう少しだからと

最後の力を振り絞りお店のドアを開けた


「イラッシャイマセ」


片言の日本語で店員さんがご挨拶


「キョウハドウシマスカ?」

「足ツボと整体60分で

「ハイ、コチラヘドウゾ」


誘われるままに荷物をカゴに入れ

足湯に足をつける


ふへーっ


思わず体がゆるむ

さっきまで力が入ってたんだなぁと

その瞬間初めて気づく

ジャスミン茶のパックが入っているから

ジャスミンの香りがほのかに鼻腔をくすぐって

丁寧に足を洗ったあとは

タオルで包むように拭いてくれるものだから

私はなんだか自分がお姫様になったような

そんな錯覚をしてしまう


足が温まったらすぐに足ツボマッサージ

痛いのは苦手だからあらかじめ

「少し弱めでお願いします」

と言うと店員さんが少しだけフッと笑った


最初の一押しの際は毎回少し緊張する

あ、今日はいい強さだ

そう思った瞬間から体の力が抜けていく

痛気持ちいいの気持ちいいよりだな

とよく分からない感想を持ちながら

店員さんの動きに集中する


今コリっときた!

と思った瞬間店員さんが

執拗にそこをマッサージする

なんか滞ってたんだなーと勝手に納得

コリコリがなくなると次のポイントへ


もっとーと言いたくなるくらい

気持ち良さに浸る瞬間と

いやいやいやとなるくらい

違和感を感じる瞬間が

一瞬一瞬で切り替わる


多分後者の場合はツボが痛いというよりも

皮膚が擦れる感じが嫌なんだなと

脳内で分析してみたりしながら

だんだんそんなことを考える余裕もなくなり

気持ちいいなぁでいっぱいになる頃には

体がゆるんでいるのが分かる


よくマッサージは相性というけど

マッサージの相性が良いってことは

体の相性もいいのかしら

確認しようもないことをぼんやり考えながら

体も思考もふわふわしてきたころに

足ツボは終わった


次はベッドに誘われ

うつ伏せに寝かされる


「イタイトコロハドコデスカ」

「首と肩と背中と腰です

そう言ってから脳内で

全部かーい!

とセルフツッコミをしていたら

「ゼンブネ」

と呟いて店員さんがふふっと笑った


またまた的確にツボを押されて行く

足ツボと同じように

痛いところはないものの

押されることで肺が圧迫されて

グヘェと変な声が出そうになる


あと顔を丸いところから出していると

顎がギューって押されるから

歯を食いしばってしまう

力抜きたいのにギシギシギシ

私は奥歯を噛み締める


ギュッとする瞬間

フワッとゆるむ瞬間


それらを繰り返すうちに

私の意識は遠くなる


どこかでタイマーの鳴る音がする

「オツカレサマデシタ」

その声に一気に現実に引き戻される

起き上がる瞬間に

体がふわっと軽くなっていることを感じた


「アリガトウゴザイマシタ」


お金を払い店員さんの声を背中で聞きながら

店の扉を閉める頃には

ふわふわと軽い足取りの自分を感じた


このままどこまでも飛んでいけそう


そんな気持ちのまま

マッサージの後の循環が良い状態で

飲みすぎて後悔したのはまた別の話


初めて会った瞬間に運命の人だと思った


彼は快活に笑い

周囲をお日様みたいに照らす人だった

誰に対しても優しく

少しいじられキャラで

でもキリッとした意志の強そうな瞳に

どうしようもなく惹かれた


彼との会話はとても楽しく

何を話してもどんな話題でも

尽きることはなかったし

言いたい言葉のシンクロ率も高かった

あまりにもピッタリで

彼も同じように感じているのがよく分かった


運命ってこんなに気持ちいいものなんだ


その感覚に酔いしれていたからだろうか

彼の瞳しか見ていなかった私は

彼の薬指に光る

指輪の存在に気付いていなかった


気づいた時にはもう引き返せなかった

だから思わずその手を取ってしまった

今思えばその瞬間のために

恋をしたのかと思うほど

大きな喜びが身体中を駆け抜けていった


それからは面白いくらいに

我慢と喜びと悲しみと幸せ

全てが交互にやってくる

ジェットコースターみたいな日々だった


はじめは毎日が楽しくて仕方なかった

だけど直ぐにどんどん苦しくなってきて

会えている時だけはしあわせになった

完全に中毒と変わらないくらいまでになり

会えるか会えないかが毎日重要だった


最初は尽くしてくれていた彼だったけど

約束しても

キャンセルを繰り返すようになった

悲しくて悔しくて彼と会えるなら

1秒でもいいと生活の全てが彼になった

そのうち会えても

会えない時の不満をぶちまけるようになった

別の女性の影がちらつく頃には

執着以外の感情は見えなくなっていた


全然笑えなくなった

あんなに運命だと思ったのに

キラキラしていたのに

それを取り戻そうとして拒否されて

どんどん自分を見失っていった


彼も最初の素敵な笑顔よりも

鬼のような形相か蔑んだ目で

私を見ることが増えた

こんな言葉を人に向けて言えるのかと

驚くほどの暴言を吐かれて

最後には別の女性を大切にしたいからと

私の元から去っていった


抵抗することもできないほど

心も体もボロボロになった

そこまできてようやく終わることが出来た


暫くはどうして良いかわからなくて

何も手につかずに

ただただ痩せていった

生きているか死んでいるか分からない中で

ようやく周りを見た時に

私のそばにはたくさんの人がいた

その人たちのたくさんの言葉に愛に

少しずつ自分と向き合えるようになった


そうやって過ごしているうちに

見失っていた自分を

ようやく見つけることが出来た

と、同時にふと気付いた


彼は関係なかった

世間的には分からないけど

秘密の恋が悪いわけではなかった

ただ、秘密の恋が

自分には向いていなかったのだ


そんなの最初から分かっていた

なのに恋の喜びは強烈で

私が1番私をおざなりにして

盲目的に彼を優先していた

だからずっと辛かったんだ


私が私を1番大切にする

その当たり前に気付くために全てはあった


随分と時間がかかったけど

そのことに気づいた瞬間に

はじめての反抗期のような

ただただ暗くて重い日々はようやく終わった


これからは私は私のために

ゆっくりと毎日を生きていこうと思う


まずは大好きな珈琲を自分のためだけに

ゆっくりゆっくりいれる

その行為すら

私が私を慈しんでいるようで

あたたかい気持ちに包まれる


これからは私は私のために


今、心から今まで起きた全てのことに

ありがとうが言える

もう辛いことはそんなにいらないけど

そうひとりごちて少し笑う


そんな自分でいられてよかった


おかえりなさい、自分