しかし、、、
年明けとともに爆発的に増え続ける感染者を考えるにとてものこと明けましておめでとうとなどと呑気に笑える状況ではないのであります
幸い身内や近しい友人などにも感染者は出ていませんがいざという時にみっともない事にならないように覚悟だけはしておかねばと思いましたが、、、
考えてみたら幼き頃より父方母方の両祖父が「どうせいつかは死ぬる身よ」なぞと東洋的諦感のようなものを身をもって教えてくれたせいか今さら覚悟しなくてもそこそこ悔いの無い人生だったのでこの先もどうなるか分からない運命を楽しんでいこうかと思います
なんて事をお正月休みにつらつら考えていたら未完のままにしてる自伝を思い出して恥ずかしながらまた書き始めた次第なのであります
とりあえず我が父と母のことを書く前に前回から間が空きすぎたの前回までのおさらいなど
先の大戦を無事に生き延びた我が両グランパ
似たような無法者気質な性格のわりに戦後の人生は似て非なるものになっていくのであります
母方の祖父は痛ましい戦争体験ゆえか働き盛りの30代半ばにして戦後すぐに買い取った小山の中腹に家を立て日々畑を耕しながら戦友を弔うという早すぎる隠棲生活へ
元々の激しい気性を人間存在への疑問に向けたせいか何らかの達観を抱いたのでありましょうか?
戦前戦中のような暴れ者の風はすっかり影を潜め近隣の村人たちにも大層慕われておりました
時に過酷な極限体験は人を劇的に成熟させると言いますが母方の祖父の心に起きた事はまさにそういう事だったのでありましょう
俺のお母ちゃんはそんな俄人格者な祖父と優しい母の元に生まれたのでありました
一方父方の祖父は戦争に行かず内地でやりたい放題をしたせいか人間的な成熟とは一切関わりなく天性の小悪党気質に導かれ街の顔役へと成り上がっていたのでありました
つづく
