伊都内親王願文


だいぶ前回投稿から時間が経ってしまいました。


と言うのも、書道師範試験に2週間ほど取り組んでおりました。


送られてきた問題文兼解答用紙に解答していくんですが、全12ページ。


・(写真が示されていて)

これはなんと言う書道作品か?とか

例えば、風信帖(空海の名筆)が示されていて、作者とその特徴を書いていきます。


・この字(例えば鬱)の活字体、楷書体、行書体、草書体を書きなさい。とか


・書道教育における当用漢字、常用漢字の変遷の資料を見て、あなたの意見を述べなさい、とか。


などなど。


やっと先週くらいから書道だけができるようになって、先週土曜日。

※もちろん、本職の仕事もしてます!


あー。月一回の土曜日授業。

課題をやってない!

ってなって朝6時に起きて約30枚ほど臨書しました。(授業は午後からだったので)


臨書の一部がコレ。

※伊都内親王願文(いとないしんのうがんもん)という名筆の臨書です。


〈私が書いた伊都内親王願文の臨書〉


〈臨書した原本はコレ↑〉


U先生に見せたら、


筆が早いね。もう少しゆっくり書いてもいいと思うよ


とのこと。


まぁね。急いで書いたからねぇ。


とはもちろん口が裂けても言えない。笑


ちなみに、この伊都内親王願文。

伊都内親王が書いたものではありません。


三筆と言われる書道家をご存知でしょうか。


・空海(くうかい)

・嵯峨天皇(さがてんのう)

・橘逸勢(たちばな はやなり)


このうち、橘逸勢がこの伊都内親王願文を書いたとされています。


江戸時代に鑑定されるまでは、橘逸勢作とはされてなかったようです。


なお、伊都内親王は、垣武天皇の第8皇女で、死去した母親(藤原平子)の遺言で山階寺(現在の興福寺)に香灯読経料として寄進した時の願文がこの『伊都内親王願文』とされています。


※『願文』とは、神仏に願を立てる時、その趣旨を記す文のことです。


※『内親王』は女性皇族の身位または称号です。

現在の皇室においては、愛子様などを呼ぶ時『愛子内親王殿下』と言ったりします。

一方、男性の皇族の場合は『親王』となります。


最初に、伊都内親王が書いたもの?と勘違いした私ですが、

U先生によると、


『いわゆる幼児だったのだと思うよ。その願文に所々に赤いシミのようなものがあるでしょ。それが伊都内親王の手形とされていますね』と。


手形分かりますか?


へぇ。古い文書だから、シミなのかと思っていたー!


感激した私でした。


ちなみに、この伊都内親王願文の最後に小さく書かれているこの『伊都』が彼女の署名らしいです!