昨日、田んぼを耕しました。

うるち米の広い方の田んぼは主人が、もち米の家の前の小さな田んぼは甥っ子のひとっちゃんが耕しました。

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こうして甥っ子ひとっちゃんが手伝いをしてくれるので、本当に助かります。

甥っ子は主人の姉の子ども。
義姉は幼少期の高熱が原因で知的障害者でしたが、東京からお婿さんをもらい、二人の子どもを産みました。
長男のひとっちゃんはもうすぐ41歳。
自閉症の知的障害者です。
次男のしょうちゃんは38歳。義兄が死去後に統合失調症を発病、一昨年に再発し4ヶ月の入院。


私が嫁いだ当初は、近隣の義姉の家には義兄と義姉の2人住まい。甥っ子たちは我家に住み面倒をみて、義母が母親代わりをしていました。
嫁いだ私にとっては、甥っ子というより主人の歳の離れた弟たちというような感じでした。
義兄が亡くなり義姉を面倒みる人がいなくなったために、義姉が我家に来て、甥っ子たちが自分の家に2人暮らしし食事だけ我家にきて食べるという生活をしていました。
そして義姉が亡くなり、彼らは2人ぼっちになってしまいましたが、お金の事と食事などのこと以外はなんとか自分たちで協力しあい生活をしています。

ひとっちゃんは先にも書きましたが知的障害者です。自閉症です。
自己表現が苦手です。こちらから聞けば答えますが、片言の単文で、自分から話をすることは全くありません。
自閉症にもいろいろなタイプがあると思うのですが、ひとっちゃんの場合、なぜかお金や物へのこだわりがあり、欲しいと思うと善悪がわからないために度々トラブルを起こしてしまいます。警察のお世話にも何度もなっていて、その度に身柄引き受け人として私が出向きます。
幸い、自分の名前と住所、私の家の電話番号を聞かれれば答えられ文字にして書くこともなんとか出来る状態なので、ちやんと私のところに連絡がきます。
以前警察から衣類持ち物全てに住所電話名前をいれておくように言われましたが、痴呆ではありませんし自分で答えられるならば…と、書いてはいません。
これは、ひとりの人としての人権というのかな、そこまでしたくないという気持ちもあって。

障害者と言うこともあって、様々な場面で偏見を持たれたりもします。
喋らないということで、意思表示が出来ず困ることが多く、以前入院した時には完全看護であるにもかかわらず付き添いを付けて下さいと病院側から言われ、夜は主人で昼は私と交代で付き添いをしました。
(義姉の入院の時も同じで義母と私で交代で付き添いをしました。)
体調が悪くても、自分からは言えません。だから、毎日の様子をチェックをしながら、調子が悪そうならば声をかけて確認しなくてはなりません。
赤ちゃんと同じですね。

浜松学園を卒業後、こちらの車部品の工場に就職したものの不況のあおりでリストラ、次に硝子会社の雑用で就職しましたが不況と会社の都合で辞めさせられ、その後は問題行動やらで外に出して働かせられる状態ではなかったので、家の農業の手伝いをしています。
やれと言われたことは、ゆっくりだけど頑張ってやる真面目な子です。
考えてやる能力はないので、単純な作業をさせます。
収入は障害者年金のみ。うちの野良仕事を手伝ってくれた時にはその都度小遣いを渡しています。沢山お金を持たせると、一人で勝手に遠くに行ってしまい、帰りのお金がなくなったり迷子になったりで警察のお世話になり、主人が迎えに行ったことが度々…
それなので、持たせるお金は少しずつにしています。

私達と甥っ子たちとの関係は、彼らのプライバシーや自由を守りつつ生活のサポートをしてあげる保護者かなぁ…

一から十まで面倒みてたら、正直わたしはダウンです。精神的にも肉体的にもきつすぎます。

気苦労は多いです。
自分の子どもだけでも大変ですから。

義母が亡くなってから、全てが主人と私にふりかかってきていますが、家は違っても家族は家族。

ひとっちゃんは気持ちの優しい素直ないい子です。

これから先のことを考えると頭が痛いですが、今は私なりに甥っ子たちのサポートを頑張ろうと思っています。