前 ← 大江裏ノ乱・深夜ノ刻
語り部は、後にこう語る。
『明ける事のない夜こそ幻想だ。人生なんてものは光と闇が絶えず交錯するからこそ人生なのだから』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
結論から言おう。
三度目の正直という言葉は、存在できなかった。
二度の敗走から何かを学んだ風にも取れた四人であったが、しかしその後の対策は意味を成さなかった。
子供組が痺れを切らして推参する、稲光部隊にとっては予想外の出来事でさえも、意味を成さなかった。
意味を求めたところで、それを理解することすら到底出来やしなかったのが三度の戦いの結論だ。
一族八名全員が全員、出陣時の身体状況のまま屋敷に戻されていた。
もちろん、イツ花の大音量の悲鳴と共に。
三度戦いを経てなお裏朱点閣に座する、天界トップの火の女神“太照天 昼子”。
彼女は一族を送り届け戻ってきたその後に、こう呟いた。
《――何故誰も気付こうとしないのか》
《面倒くさいですねェ、本当に人間という存在は非常に面倒くさくてたまらない》
《鬼も何もいない場所に用はないのは変わっていないし、待ち望むものも得られないけれども―――》
《―――――人や心がそこに在り、また要る場所で、私はただ一族を解き放ってあげたいだけなのに》
一族の与り知らぬところで、彼女は本音を漏らした。
誰一人是一柱として知ることの叶わない、彼女の“極めて珍しい本音”であった。
四戦目もその先も見据えた上で、彼女は入り口の空になった宝箱に大甘露を入れ直し、封をした。
そして屋敷に戻された八名の一族は、イツ花の大音量の悲鳴から彼女の運び込みが完了するまでの間
ずっと気を失っていたが、イツ花がどうにか全員を運び終わると同時に目を覚ました。
「当主さまァァ~~~~」
一挙に目を覚ましたことに驚くどころか、それにすっかり安堵したのか、イツ花はとうとう大声で泣き出した。
目を覚まして早々耳が痛い面々だが、しかし何をどうしたところで生きていることに変わりは無い。
時は既に四月を迎えており、倫の齢はもう一才と十一ヶ月。
映ですら一才と九ヶ月であり、もはや残された時間は限りなく短い。
「・・・時間が無いというのに、身体に異常が感じられない」
はずなのに、倫は奇妙なことを言い出した。
先月に吐血するほど体調が落ちたはずの彼女の身体は、その重さが幻だったかのように軽くなっている。
どころか、父世代まで短命であったはずの限界年齢である一才六ヶ月を全員が上回ってるにも関わらず、
四月を迎えてからは誰一人として不調を訴える前兆がまるで無い。
イツ花はまだ泣いている。よほど心配していたのだろう。
「すみませぬ母上・・・俺はせっかくの機会を不意にしてしまいました。
推参時に言ったように、軽蔑されようとも異論を唱えられませぬ」
藤吾は唐突に、母の伊吹を前にして申し訳なさそうに座し、言い放った。
その言葉を聞いた伊吹は何ら表情を崩すことなく、自らの息子を愛おしく抱き寄せた。
「莫迦を言うのは今回限りですよ、藤吾・・・彼方たちの覚悟を不意にした私たちこそ、
軽蔑されようとも異を論ずる事はできないのですから」
十九代の当主として、また一人の母として、彼女は応える。
子供だと思っていた息子たちの真意を理解できていなかったのだと、彼女は答える。
軽蔑されるどころか、逆に愛情として返ってきた反応に、藤吾は静かに泣いた。
「・・・こうなったら最終手段を講ずるしかなさそうね」
「そうだな、まぁ元々形振りを構っている状況ではないが」
栞の最終手段の意見に倫を始めとする全員が頷いた。
もはや一刻の猶予も許されない。 三度も負けてしまえば、地獄の迷宮三連発以来の不祥事である。
「去る七代目世代、大江山朱点童子征伐後の迷宮出現時代・・・」
「そういえば、その世代より始まった出陣では文字通り迷宮入りするほどの尋常なき強さだったって」
忘我流水道・親王鎮魂墓・紅蓮の祠―――
この三大迷宮に巣食う数々の魑魅魍魎の強大な力に、七代目世代を始めとした
四宮の家系は一時断絶の危機という憂き目にも在ったと、四宮記録にも残っている。
それほどの強大な力―――否、それを遥かに上回る絶大な力に直面しているのだ。
逆に、阿朱羅と化した経歴のある第二の朱点童子・z黄川人の力量を持ってしたところで、
それを悠然と超越してしまっているからなお性質が悪い。
「あの時や、あたしらの父さんたちが命を賭したあの時の比じゃねーのは、もうお前たちもわかっただろ」
「ええ・・・さすがに理解せざるを得ない状況とも言いますけれど・・・」
そこまで発言したところで、彼は現れた。
《よお!大分苦戦してるみたいだねえ》
もうおわかりだろう。
「なあ、お前ここまで予定調和で進んでるって本当なのか?」
《聡明なとこ悪いけど、僕はまさか三度負けるとは思ってなかったぜ?》
「・・・何か隠してたりしないんですか?」
《!―――いい顔になったよな、そこらの人間の餓鬼と変わりなさそうな、より小さな人間の餓鬼たちも》
急に現れて辛辣な物言いをするやつだな。
「アナタの挑発に乗るような愚かな人間の餓鬼はもうこの屋敷にはいませんよ」
「どころか、全員が全員、人間としての鍵を見つけ出した。俺たちはもう迷う事はないぞ」
藤吾も成長した。
乱が始まったあの時と比べれば一目瞭然なのだろう――――
「まあ母上を護り抜けるのは一族の名を持っていようとも俺以外には存在せぬがな!!!」
―――まあ。
問題はないだろう。むしろ藤吾らしさは変わらない方がより藤吾らしいと言える。
《言ってくれやがるね。んで、ようやく自分の聡明に気付いたそこのおちびちゃんの問いに応えると、》
と、黄川人は一度文章を切って一息置く。
《隠してることも、隠してるものもある。けど、今言うこっちゃないね》
一息置いた後の言葉は、彼が彼であるかを再確認できる、実に特徴を見返せる一言であった。
「何故今言えないんですか」
《突っかかるなあ・・・けど今は教えない。絶対に教えない》
頑なに拒否する黄川人。
その言葉を聞いて、甜果の前に映は立ちはだかった。
「別に掌を返したいから―――とかじゃねーんだよな」
《んな覗き込むような目をしなくても大丈夫だって。
僕は二度負けた相手に掌返しできるほど力を備えたわけじゃない、むしろ力は減算する一方さ》
「・・・ならいいんだ。隠したければ隠し通すこったぜ」
大方望み通りの回答を得たらしく、映は出陣支度を整え始めた。
それを見た栞も同じように支度を手伝い始める。
「行きましょう。私たちの望む“正解”は、もう前にしか存在しない」
四度目。
最後になるかもしれない、最期にならないかもしれない四度目。
今度は大江山に入ったところで、妙な雰囲気を携えた陣を見つける。
一族の面々としては恒例であるが、陣には不思議な文字―――梵字とされる文字―――が刻まれている。
夥しく湧き上がる真紅のオーラが何とも不気味な演出を醸し出している。
裏の大江山に出陣するは、稲光部隊のみならずその子供部隊までとする八名。
まさしく形振りを構わない出陣判断である。
「・・・私達が先月後を追った時は、このような陣はなかったはずだけど」
「母上、この陣を如何様に見定めますか?」
冷静に事を見る縁と藤吾。
このように不気味な真紅色をしながらただそこに存在する“陣”を危険を見るのか、
それとも先に待ち構える太照天 昼子が『わざわざ』移動距離を短縮してくれているだけなのか、
討伐部隊側としては非常に判断に悩むものではある。
「元より私たちに後退の二文字は存在しない。そうですよね、伊吹様」
「その通り。その気構えをもう何度も身体―――いえ、存在で感じているはずの太照天様が今更斯様に
下賤な罠を張るとは思えません。ならばこの陣は手前まで通じていると見るのが正しいでしょう」
冷静どころではない、推測の域にまで栞と伊吹は到達している。
何の心配をすることもない。
「練るべき策は練り返され、講じるべき策は講じ返された。ならば私共が行なう事は一つ」
「在るべき戦を理解して頂く―――最も愚かしく、しかし最も人間味がある、最短の戦術です」
在り返されることはないだろう。倫と望は、最も自分達らしくあれる方法を選んだ。
戦とは常にそこにあるものであり、既に存在しているものは上書きできない。
“存在し返す”などという万物に矛盾することは出来ないはずだ。
「現地で練っても、瞬時に講じても、全て返されてしまうのなら、さらに返すことだって出来る」
「あたしらの頭脳と力量を、信じるだけだ」
甜果と映は全員に激励するように、気合を込めて放った。
もう何も恐れる事は無い。上回られるのなら、さらに上回ればいいだけ。
信じれば必ず、未来に届く。
「行きますよッ!!」
裏朱点閣の門を開き、四度目二度目の邂逅と相成った。
「相も変わらず―――しかも今回は開幕から掟破りの八人部隊、というわけですか」
「邂逅直後で申し訳ありませんけど、もう一般常識で推し量る事は出来ないと判断しての結果です」
邂逅早々に開口一番、昼子が言葉を発したその直後に栞が言の葉を押し返す。
(何だかんだ言っても、一族の事を誰よりも心配し、誰よりも気にかけたのは栞さんなんですよね)
伊吹は勇ましい栞の言の葉を聞き、密かにそう感じる。
さて、ここで思案してみよう。
現存する一族全員が臨んでいる相手は言わずもがな、
天界最高位に降り立つ一柱の女神、“太照天 昼子”である。
頂点を手中に収める彼女の頭脳と力量を、頂点を頭上に掲げる彼女の等身と真価を、
一族たちはどのようにして切り抜けて見せようと思うのか。
否、どのようにしたところで切り抜けて見せれるとは毛ほどにも思われていないだろう。
むしろ、どのようにしたところで切り抜けられて見せられるのが目に見えているくらいだ。
では、決定的な力量差という《矛盾》を、どのようにして貫き破れるかということが課題になる。
突き破った程度では彼女の掌の上であろう、ゆえに貫き破らなければならないのだ。
自らの力で練り尽くした奇策を縦横無尽に張り巡らせても、
親の遺策を使った二世代渾身の詭策を天衣無縫に撒き散らしても、
権謀術数を巧みに弄しに弄し切ってなお神算鬼謀に弄し尽くしても、
すべては人としての謀(はかりごと)である限り、彼女の上を行くことはないのだろう。
しかし、人ならざる者が助力してくれるのだとすれば?
言うは易いが行なうは難しという言葉が(著者側の世界で)存在する以上、それは難儀なのだろう。
もっとも、その難儀な点は――――
《いよっ!おまっとさん!》
彼が存在していなければ、難儀のまま終わっていた。
時は止まったままか、それとも今まさに止まったのか。
運命の糸は儚いものでもあるが、同時に気高くもある。
その真意を知るものは、人であれば誰一人事前に理解できないのだろうし、
神であれば引き出すまでもなく事前に理解し終えているのだろう。
だからこそ導かれてゆくのではないのか。
例え一族らが呪われてしまおうとも、
例え神々らが謀られてしまおうとも、
運命や宿命に抗えずにいるのは人であれ神であれ同じなのかもしれない。
だからこそ、皆が引かれる要因になるのではないのか。
《久々だねェ・・・姉さん》
「・・・何用ですか、旧世代の朱点童子の片割れが私の創りし鏡の世界まで来訪して」
《つれないことは言うもんじゃないぜ!僕はもう“ただの”朱点童子なんかじゃないし、
アンタの詰まりに詰まった脳に入ってる思惑の通りに倒された“阿朱羅”なんかでもないんだしさ》
「果て?何のことやら私には皆目検討もつきませんけれども?」
《そういうとこは変わってないんだなァ・・・あ~あ面倒くせェ~》
「でしたらお帰りはあちらからどうぞ、《朱星ノ皇子》様」
《面倒くせェとは言ったけど、だからハイ帰りま~すってそういうわけにはいかねーんだって》
「アナタの個人的事情などどうでもよろしいのです、天界に昇天したのなら仕事なさい仕事を」
何か喧嘩してっぞオイ。
「・・・ねえ」
栞が声をかける。
《アンタこんな世界作るために仕事サボってんじゃんかよ!》
「サボってるわけじゃありませんよ、そもそも一族の方をおもてなししたのはアナタでしょう?」
「ねえったら」
再度、栞が声を放つ。
《揚げ足取ってんじゃないっつーの!第一僕がやろうって思ったそもそもの理由は―――》
「ああハイハイ、私に一矢報いてもらおうって腹なんでしょ、見ましたよもうそんな茶番劇」
「ねえってぇぇぇ!!」
栞の声量がいよいよ怒号の大きさに変わった。
《茶番って何だよ!アンタいつも茶番茶番って、そんなに茶番が好きなら人間の情でも見てろ屁理屈女!》
「たかがその程度の文句しか吐けないようでは阿朱羅の上があったとしても負けに変わりありませんね」
完全に蚊帳の外かよ。
「~~~~~~~ッ!!」
「栞、ちょっと・・・」
「何なのよ!あの高笑いの醜い戦い二つの勝ちと!偽悪に満ちた戦い三つの負けが!
あんな姉弟喧嘩の前では無為で無駄だって思わせたいの!?腹立たしいにも程があるわ!!」
とうとう堰を切ったかのように苛立ちが爆発した。
そりゃああんなことを目の前で、しかも真剣勝負の時にやられちゃたまったもんではないだろう。
倫はそんな栞を嗜めるように割り込み、 「ちょっと代わってくれ」 と一歩前に出た。
そして手に持っている自らの得物を頭上で巧みに高速に回転させて竜巻を作り、
薙ぎ払うようにして黄川人と昼子に対しそれを放出した。
芭蕉嵐よりも威力は段違いの、これまでに見たことのない技術だった。
「はわあっ!?」
《うおっとぉ!?》
半透明状態の黄川人はともかく、昼子に対してまともに当たる形になる。
「あまりにも煩いので、一足先に私の最終奥義を放たせてもらったよ」
はっきりと、倫は『最終奥義』と言い放つ。
「薙刀から発せられる私の最大にして最強風力、私の命を灯した最終奥義“竜巻倫衝”」
黄川人は(自分を通過したとはいえ)今の衝撃でどうやら目的を取り戻したらしい。
《ごめんごめん、すっかり乗せられちまったぜ》
「何が《乗せられちまったぜキラーン》よ!莫迦なの!?アナタ本当は大莫迦なの!?いい加減にして!!」
《おおぉ・・・・・・な、なんかすげーキレてる》
「当たり前だろ壊滅的莫迦」
いつからギャグ要素入ったんだよ。
誰か教えて。
《ごめ・・・いや、申し訳ないっす。じゃあ仕切り直しってェことでー》
「もういいですかコレ上に投げて」
《おっけーだぜ。三度も負けたとあっちゃ何でも使えってね、ここからは僕も参加させてもらうよ》
ようやくストーリー回帰してくれるそうだ。
何だったの今のやりとり。
さて、改めよう。
太照天 昼子戦、四回戦二回戦であるこの戦いから、裏であれこれ助力していた黄川人が出てきた。
ここまでくれば、後は助力の内容を洗いざらい放出するだけである。
まず、伊吹たち稲光部隊が天に向かって一斉に投げ出したのは、ご存知のとおり例の七光の御玉。
ということは、彼女たちの母神様らが手助けをしてくれるのだろう――――
―――――と、言うのは先月までの話。
今回は話が違う。
《―――ほー・・・本当に娘や孫やの戦いを天から眺められるとはなあ》
伊吹が投げた御玉の光から出でたのは、口調からして、母神の―――《風車ノお七》ものではない。
それは、他の稲光部隊の投げた御玉の光から出でた《存在》に対しても同じようである。
《久々だなあ、俺たちがこうやって会するのは―――そして、たった一人の愛娘たちを目にするのは》
《よく言うぜ、鎮樹なんてつい最近《よお伏竜!最近羽黒様との関係どうよ?》って言ってたくせに》
《おやめなさい貴方達、私共は斯様な場で談笑するために出でたわけではないでしょう》
《何いびられてんだ伏竜と鎮樹。お前らの娘が呆れた顔して見上げてンぞ》
かの《持黒天四宮》が下を指す。確かに彼の言う通り、伏竜の子と鎮樹の子は呆れ顔で見上げていた。
「・・・なあ、栞ちゃん。あたしらって、苦労人だったんだな」
「・・・・・・そうね、映・・・私、もう頭も喉も、どころか心臓すら痛くなってきたわ・・・」
不憫が過ぎていてかける言葉もないのがつらいところである。
映の場合は苦労していたのかどうかすら性格的にわかりづらかったこともあるのだが、
栞に至ると苦労どころか悲痛でさえ悲痛な叫びを上げていることだろうくらい悲痛に苦労している。
《それはまずいな、よし・・・じゃあ朱星くんから一回限りと貰った力をどこで使うか、だな》
「・・・使えるんですか?」
《ん、俺の孫の甜果か?いい顔つきになったな、まるで四夜子様のようだ》
「惚気と変態を私の娘に見せないで」
・・・物語の進行にも支障が出そうだ。
ともあれ、七光の御玉から招来したのは、他でもない《一族の氏神四柱》であった。
《四宮八千矛》、《持黒天四宮》、《四宮鎮樹》、《伏竜四宮》―――――奇しくも、
力を借りた張本人の黄川人を前にして意図的に敗死した稲光部隊の親世代が、今こぞって降り立った。
「―――随分とまあ数の暴力に打って出ましたこと」
その様子を人間でも見るかのように静観していた―――より正鵠を射るのであれば、
その様子を一風景でも見るかのように眺望していた、そう言うべきであろう。
「もはやそこまでしなければこの太照天 昼子を打ち負かすことはできないと、弱音を吐いたという事で?」
挑発するように彼女は言葉を選別せず、言霊を餞別せず、ただ単に一言だけ、口から放出した。
しかし、たとえそれが挑発であったとしても、八人と五柱は気にも留めなかった。
「お生憎ですが、母上たちも私共もそのような戯言じみた言の葉は届きません」
「またそれは私たちだけに非ず、我が祖父殿一光にも届くことはありません―――なぜなら」
「絵に描いた餅みたいに、貴女様の思いが空回りしているからこそ放たれた覇気の無い吐き事」
「破棄した自らの望みを棚に上げて、俺たちにあれこれ望みを抱くのはお門違いであろう?」
《強靭なてめえがどんだけ頭を誇り高く掲げ上げようと、自らの欲望が必ず叶うわけじゃねえ》
《くくっ、好き放題出来て女王様気分――というと我ながら言い得て妙だが、そんな単純じゃないだろ?》
《あー・・・どころかアンタ、好き放題してるようでいてまるっきり好き放題できてねえと見えるぜ》
《累世同居を繰り返した我らの方が、好き放題出来ぬようで好き放題していたのかもしれませんね》
「だとしても、私たちが好き放題出来ていたのかと言われたら、出来ていなかったと思うわ」
「けったいなもんだよな、天界一の神が実は黒幕で、元黒幕が実は神の傀儡だったっつー事実ってのはよ」
「どうしようもない事実を知った私たちと、どうにでも出来た事実を持っている貴女に、差なんてないんだ」
《もういい加減理解できてんじゃねーの?姉さんは全知全能なんだろ、だったら考える事を放棄すんな》
七人と五柱が、それぞれの思いの丈をぶつける。
初邂逅の時の驚愕も、初対峙の時の躊躇も、初敗走の時の懸念も、
次邂逅の時の決意も、次対峙の時の平静も、次敗走の時の不意も、
三回戦の前の後援も、三回戦の中の再会も、三回戦の後の真実も、
そして――――今此の時の好機もまた、この戦いを語るには欠かせない思いなのだろう。
「だけれど――――何です?」
突然、意味の通らないような問いを投げかける昼子。
しかし、一見して意味が通らないようで、実は非常に意味の通った問いである。
「さすがに天界の頂点に立つ存在ですね、その地位にただ甘んじているわけでもないようで安心ですわ」
その言葉から一瞬――――否、一刹那溜める。
「貴女が味方から一転して敵と成すためにこのような鏡映しの世界を作ったのだとしても、
我らが四宮の血流が血で血を洗う戦いの渦に引き込まれ続けたとしても!
志半ばで散った先祖らの志も!意思あって天に昇った親世代の遺志も!
この身一つで短い今を生きる我らの魂も!
貴女の唯一無二があるように、我らの唯一無二が貴女よりも劣ることは、無いッ!!」
その言葉の終わりから、止まっていたかのような時は静寂を破り、変わりに激烈な震動と鼓動を宿す。
それから一瞬にして後ろから流れるように前進してきたのは縁率いる雷光部隊。
思慮浅きと思われがちでいた部隊がまさかまさかの前線特攻。しかも先陣は藤吾ときたもんだ。
思慮が浅い? そう思われがち? 別に構いやしない。
思慮浅きと思われがちでいればいい。
思慮浅きと思われ勝ちでいればいい。
思慮浅きと思われ勝ちで射ればいい。
思慮が浅いと思われたままで、一矢射ればそのまま勝ちだ。
いくら思慮が浅かろうが、そう思われているのならそれは油断という意味合いで大勝を取れる。
が、いい加減相対している相手がどういう存在なのかを忘れてはならない。
そうこう語っている間に攻防は開始される。
第一手、先陣を切って飛び掛かった藤吾が昼子の左肩から袈裟を裂くように一薙ぎ流し。
第二手、昼子が怯んだその一瞬を突いて望が両肩と胸部ド真ん中計三矢“綴連弾弓”で射抜き。
第三手、足元が緩んだその一瞬を突いて甜果が体力と引き換えに“無二万歳殺”で決死の突貫をし。
第四手、体勢の整わない内に真下から縁が逆風の軌道を描くように一薙ぎ振るった。
綿密な戦技に緻密な戦略に精密な戦術。
ありとあらゆる誇りと知能と意地と技法を併せ練った、絆が紡ぐ次代の連係戦闘法。
《ほお―――》
その様子を朱点閣上空で眺めていた、水氏神の一柱《持黒天四宮》四宮 銀兵は感嘆した。
《―――一見幼稚なようだが、それを逆手に取った血の通う巧みな策略。巧拙自在の巧言令色ってか》
確かにその両極端な策略は、人の血を知らぬ神にゃ持って来いかもな――――
《――――成程》
後ろに倒れる昼子の背後の人影を見抜いた、火氏神の一柱《伏竜四宮》四宮 綴は感心した。
はん、確かに屋敷とかでもあいつはあんな風に日本男児よろしく暴れてやがったっけな――――
「前々回の二の舞になる前に、借りだけはきっちり返しとかねーとな」
背後の人物―――第三手の時にすでに回り込んでいた映は、上空から勢いそのまま飛び蹴りを放つ。
“九飛天脚”ここに極まれり。 鈍い打撃音とともに、昼子の身体は前へと押し戻される形になる。
待ち構えるようにして、栞が前方にて居合い体勢を取る。
「映だけが借りを持ってるわけじゃあないから、返せる時には返しておかないとね」
言葉の終わりの一刹那。
確かにそこにいた栞の姿が、消滅した。
しかし、前方に倒れるように戻された昼子の身体から――――鮮血のような、赤い飛沫が舞い踊った。
鮮血のような、紅い飛沫が狂い踊った。
《いよいよ覚醒したかね、俺の娘も》
今の一刹那をしかと捉えた、土氏神の一柱《四宮鎮樹》四宮 紫苑は感服した。
俺の言う事を純粋に聞いていた、あの時の熱心な瞳は、今や水でも消せない業火のようだな――――
「私の最終奥義は、わずか一瞬―――それもわずか一刹那、空間の原理を嘲笑うように無視する」
言葉を一度切って、溜める。
「一刹那の時のみで、抜刀と居合いと納刀すべてを
栞は、映と並んで昼子の後方にいた。
映にとってはこう見えただろう――――
すげえ、二秒前に向こうにいた栞ちゃんが気がつけば隣に来てる。
つまり、瞬間移動と大して変わらない高速にして連続なる運足を行なっていたことになる。
人間業ではないといえば、確かに人間業ではない。
何せ四宮一族は―――その全てが第三の朱点童子であり、その全てが神の遺伝子を持つのだから。
人間に出来ないことを、簡単にやって見せるくらい、感嘆にやって魅せるくらいは当然とも言えよう。
「予定調和とはいえ、最終奥義は二度出せないからなあ・・・」
倫の声は同じくして、昼子の後方からした。
「あんな一度きりの魅せ技を突っ込みに使うなんて、人が良すぎるわよ、倫様」
「はっはっ。確かにそうだ、私としたことがお人好しだよな」
そんな気楽な言葉を応酬しながら、倫は既に攻撃を終えていた。
何のことは無い、創作したのは自分だ。ならば息をするようにそれを使うのも気楽程度でいいのだろう。
そのように考えているわけでもなかったが、しかし確かに栞の言葉で自らを改めているようである。
昼子の身体は再び前に押し戻される。
「この私が、ただの芭蕉嵐をあたかも最終奥義“竜巻倫衝”として放つようじゃ、確かにお人好しだ」
押し戻された理由は単純明快。
芭蕉嵐よりも威力は段違いの、これまでに見たことのない技術だった―――
と、先の一文ではそう説明したものの、所詮あれは風神の遺伝子を最大限に生かした芭蕉嵐であり。
「薙刀から発せられる私の最大にして最強風力は、先刻のような只の暴風如きで収まるわけないだろう?
“竜巻倫衝”という、命を灯した限界を知らない最も暴れる私の風は、言葉の応酬の間に終わってる」
最強風力ではない、最強暴風。
暴風にすらある限度を突き破った、その先の暴風。
未開にして、未知の暴風。
先刻に放たれた《芭蕉嵐》などとは違って、文句のつけようも無く、
確かに芭蕉嵐よりも威力は段違い―――否、界違いに届くほどの、見ることすら出来ない技術だった。
音も無く塵も無く圧も無く標的のみに対して好き勝手に暴れに暴れ尽くしても懲りずに暴れた暴風。
正に、竜巻の真髄を現した、最終奥義だった。
《そこまで―――――それほどまでに、風を自在に操ることが出来るようになりましたか》
倫の最終奥義の勇姿を瞳に認めた、風氏神の一柱《四宮八千矛》元十八代“志吹”四宮 尽は、感動した。
自分たちの娘が、自分以上の能力を十二分――――二十分―――――
いや、百二十分にいたる程まで、自在に発揮している。
ここまで来れば、最早私たちの援護など必要ありませんかねえ――――
《さて、八千矛様よ。たった一度っきりっつってたこの力、どうしちまおうか?》
まだ自分の娘の本領発揮を見ていないというのに、持黒天はもう力の発揮どころの提案をしている。
その瞳はもう、娘の実力を嫌と言うほど理解し、また娘の信念を理解するまでも無く、信じていた。
《これまでの攻防を見て、アナタ方は使いどころを決めたのですか?》
《持黒天、それに八千矛先生、それはもう野暮ってもんだぜ》
伏竜にも迷いはなかった。自らの力を完全に信じた娘たちを見尽くしてもなお見眺めての意見。
それは、鎮樹も同じようであった。
《伏竜の意見に賛同だ。あいつらはもう、俺たちの手の中でごろごろ甘えてる幼少の幼子共じゃない》
《――――そうか、お前らもそうなんだな》
返答からして、持黒天も腹の底は既に決めていたらしく、表情に曇りはなかった。
《全く厄介ですねえ―――手に負えない荒くれ者かと思えば、見えないところで私と同一の決断を決める》
八千矛は続けた。
《アナタ方が自発的に決めたことなら、私も自発的にこの力を使うことはなし―――と決定しましょう》
黄川人から―――《朱星ノ皇子》から賜った力は、使わない。
その決断が正しいかどうかは、この後の展開を見ていればおのずとわかるだろう。
伊吹は構えた。
前のめりに倒れてくる昼子を前に、槍の切っ先を後ろに置いて、構えた。
《俺の娘の戦略に長けた頭脳が戦闘能力に変換される時、双頭の龍が姿を現すくらいだしな》
その言葉の終わりが合図だったわけでもないが、しかし伊吹は動いた。
先の全速・全力・全開に後押しされるが如く、その身体は緩やかに動き始めた。
彼女は得物である槍を片方の手で掴みながら前転するように前に飛び。
もう片方の手を上空高くに跳躍するように地面を全力で押し。
頭が地を向き。
足が天を指し。
上下逆の姿勢で昼子を飛び越え。
片手で逆手に掴んだ得物を神懸かりな速度で数度振るった。
数度かもしれないし、数十度かもしれない。
目で追えない、目にも止まらない。
それこそ、先の栞の“栞瞬速殺”のように一瞬で。
それこそ、先の倫の“竜巻倫衝”のように一瞬で。
勝るとも劣らない一瞬一刹那の得物振りで。
昼子の両腕とも言うべき二つの線から、夥しい数の傷口を作り鮮血を迸らせた。
その鮮血は、さながら双頭の龍が巻きついているかのように軌道を描いていた。
三人の佇む昼子の背後に、伊吹は両足でしかと着地する。
そして背を向けたまま、放つ。
「一度の刹那で攻撃を完遂するなど、栞さんや倫さんだけでなく、映さんも含めて私にとっても一瞬です。
“双龍波伊吹”は、その刹那を以って、双頭の龍を描くように斬撃を百数飛ばして裂く最後の奥義です」
先月まではこのような状況を見ることすら叶わなかったのに。
随分と成長したものだ。
おそらく、誰もがそう感じることだろう。
ただ二つ―――――《太照天 昼子》と《朱星ノ皇子》を除いては。
しかしそれも、一瞬で終わる。
「あっちこっち油断ばっかだよな、《お姫様》」
「くっ―――しかし、この程度何だというのです」
「“この程度”ね。まあいいや、ちょっと寝なよ」
朱星は術式を組み、昼子に向けた。
彼女は抵抗したが、しかし驚きの連鎖を身に宿したのがまずかったのか、その効力に堕ちてゆく。
―――――――くらら。
「ほら、早く読め、そこの赤毛!」
「うるせえ!今やってらあ!」
急かされる前に既に行動に移していた映。
後続して―――
「“太照天”!」 「“萌子”!」 「“お甲”!」
太照天は味方一族全体に、萌子とお甲は速読している映に、それぞれ詠唱し発揮した。
藤吾も 「ならば俺は兆が一のために“くらら”を重ねて唱える!」 と同じく術式を詠唱した。
補助術式を受けながら、行動開始して七秒、映は何かを読み終えた。
同時に、金の如く煌くオーラを放ちながら、自らの心身に過剰なほどに過剰な力量を宿した。
力むことも、緩むこともなく。油断することも、過信することもなく。
雷光部隊の術式も相まって、彼女にかかった補助効果はほとんど上限まで増長していた。
「父様たちの対抗策は、この場面すらも想定してのことだったのね」
「飄々としながらもなお、万が一、億が一―――京が一のことまで策を張り巡らせるとは」
《お前たちの努力もあっての京が一だ、誇れ》
《それに、その京が一は悲願達成したと思ったはずの七代目からの遺産だ》
《その遺産も、もう必要なくなるだろうな―――初代の生まれ変わりと、稀代の破策士らが、終焉を渡す》
《さあ、後はアナタたちが紡ぎなさい。平和に戻るべくして戻った――――京の都の歴史を》
「“焔金剛変”で己の限界を解放した映さんが―――
たった今開いた“黒鏡”で太照天様を映し取れば―――全て、終わる」
映は、動かなかった。
いや、動かなかったということはない。
正鵠を射るために言い換えるなら。
動かなかったのではなく――――――
術式を成立させるところまで動いたところで、彼女は戦闘の構えを崩した。
「『にくし』『みこそ』『のろい』――――か」
意味もわからなげに、呟いた。
「成程な。つまんねえ。戦いがじゃねえ、最強ってのは実につまんねえ。対峙する相手がいなけりゃ、対峙される危険もねえし、対峙する馬鹿も出ねえってもんだ。むしろ対峙されたけりゃ手加減するしかねえ。厄介だ。実に厄介。厄介極まりねえ。これだから最強ってのは嫌なんだよな。手応えを感じることもできねえまま手加減して接待してやんなきゃなんねえ。相手にいくら敬意を抱いてようと相手に対して敵意を剥き出しにしなかろうと相手がどれだけ優しかろうと相手がどんなに意地汚かろうと。それは自分に向かってこない弱さという弱さ。それは相手の弱きが罪か、弱気が罪か。それとも自分の強きが罰で強気が罰か。だったらもう面白えことなんてねえだろが――――――」
意味もわかりたくなかったように、呟いた。
「あんたの見ていた“景色”――――あたしでも、つまんねえよ」
映の額の呪珠は、弾け飛んだ。
確かに、戦いは終わった。
伊吹の想定通り、終わった。
だが、それはあまりにも呆気ない幕切れだった。
映の呟いた言葉。
にくし みこそ のろい。
昼から、夜から、深夜から、散りばめられていたもの。
憎しみこそ呪い。
最終章は文字通り終わり、後はもう、昼子と一族全員とが、言葉を交わすだけとなった。
こうして、深淵の闇は照らされた。
実に呆気なく、呆気なく、呆気なく、呆気ないままに呆気なく終わった。
何もかも、終わったのだ。
最終章。
それは、人としての序章か。
それとも、神の遺伝子を継いだものとしての終章か。
それは、当事者である《四宮一族》のみぞ知る――――
残りあとわずか。
次で、語り尽くそう。
完結史 → 大江裏ノ乱・新タナル刻、刻マレリ