創建は第10代崇神天皇(すじん)の御代とつたえられ、その後第50代桓武天皇の延暦元年には天台宗の僧、光喜坊快久が、勅命によって当山初代別当となり(本職を持つものが他の職を兼務)神殿を再興し、同時に寺院を建立して、勅号を「鵜戸山大権現吾平山仁王護国寺」と受け賜った。

また、宗派が真言宗に移った事もあり、洞内本宮の外、本堂には六観音を安置し、一時は「西の高野」と言われ、両部神道の一大道場として、盛観をきわめた。

明治維新とともに、権現号、寺院を廃して鵜戸神社となり、後に官幣大社鵜戸神社にご昇格された。

鵜戸神社社殿前から海を見下ろす所に、亀の形をした、霊石 亀石がある

本殿前の欄干から亀の甲羅のくぼみ部分まで11mで、その窪みへ運玉(素焼きの玉=5玉100円)を投げ入れると幸運が訪れるとのこと。

神社周囲1.5kmの青島全島が境内地。島を取り巻く奇石は「鬼の洗濯板」と呼ばれ、隆起海床と奇形波蝕痕として国の天然記念物として登録されている。また、全島が熱帯・亜熱帯植物の群生地として天然記念物と指定されている。「

彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)が海宮からお帰りのときのご住居の跡として三神をお祀りしたと伝えられている。

千二百年前から存在している。縁結び、安産、航海、交通安全の神として神威が輝いている

 

 

 

 

宮崎市阿波原町(あわぎはらちょう)にある神社。

主祭神は伊邪那岐尊(イザナギ)、配祀神に伊邪那美尊(イザナミ)を祀る。

古事記と日本書紀に記される、黄泉から帰還した伊邪那岐尊が禊を行った地「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(檍原(よくはら))だあると伝わり、神社の近くには「みそぎ池」がある

宮崎神社の創建は社伝によると崇神天皇(すじんてんのう、第10代)の時また景行天皇(第12代)の熊襲征伐の時、造営があったと伝えられているが、正確な創建時期は不明。現在の社殿は明治40年に建て替えられたもので、日向の狭野材を使った白木造り・銅板葺き(蕗)の古代の神明造り(しんめいづくり)である。

宮崎神社の神明造りは破風板が屋根から突き出た千木に棟の上には樫木が7本配置されており、掘立て式丸柱で風格のあるつくりをしている。

 

 

 

 

グリーンリッチホテル宮崎橘通り2で宿泊。

ホテルで教えてもらったお好み焼き屋が満席。

近くの居酒屋へ。