昨日は無事に心理交流会を
開催することができました。
僕と含めて6人の方が
参加して下さいました。
ありがとうございます。
今回は後悔ということで話をしました。
 
 
 
はじめは「今までの人生で後悔したこと」
みんなで話し合いました。
学生の頃の部活の選択
就職の選び方
お金の使い方
恋愛での失敗
子育ての声かけ
等、いろいろと出てきました。
 
 
 
やっぱり何かしら後悔することってありますもんね。
それを話する中で、
その人の人生が何を考えて、どう行動してきたのか?
少し見えてきたりします。
 
 
 
次は「あと1か月の命だったら」ということで
僕だったら今と全く別のことをしていると思ったのですが、
案外、今と変わらない生活を送ると
言っている人がいて意外でした。
その中で「死」の概念がみんなバラバラで
死ぬと無になると考える人
生まれ変わりを信じている人
それぞれで面白かったです。
今度、このテーマで話し合っても良いですね。
 
 
 
最後に「このままいくと後悔しそうなこと」では
世間体で振りまわると、本当にやりたいことが
できなくなってしまうのではないか。
あとは、やらない後悔をするくらいならやってみる
チャレンジをこれからもしていこうという人もいました。
 
 
 
こうやってみんなが集まって
真剣な話をする場って貴重だと思っています。
皆さん、相手を思いやって
真剣に話を聞こうとしていますし、
自分のことも真剣に話をしてくれます。
そうやって温かい雰囲気がかもされていて
はじめて来てくれた人も
よかった、また来たいと言ってくれました。
 
 
 
月1回でも集まって真剣な話をしながら
深いつながりの仲間つくりができて
みんなで励ましあい、助け合いながら
より良い人生にしていくことが理想です。
人はつながりによって強くもなれますからね。
 
 
 
 
 
次回は
10月14日(日)13時30分~16時30分
きらら館 第一会議室
会費 500円
テーマは「世間体」について
話し合おうと思っています。
他者の目線を気にして、
自分の行動が左右されることってありませんか?
そういうことを話し合いましょう。
興味があれば参加してくださいね。
 
 
 
 
 
ありがとうござました。


何か問題行動をされたら
あの人は何でこんなことを言うのだろう
こんな行動をとるのだろう
相手の気持ちを読もうとします。
 
 
 
誰か周りの人に聞いてみたり
占い師に聞いてみたりしても
相手の気持ちを完全に理解できているはずもなく
答えは出てこないわけです。
 
 
 
やっぱり本人に直接聞いてみるのが
良いと思って本人に聞いてみる。
でも、本人にも自分の気持ちが
完璧にわかっていることって少なくて
どうして、あんな行動をとってしまったのか
分からない時もあるのです。
 
 
 
自分に当てはめてみても
どうして、あの時あんなことをしてしまったのか?
明確に説明しろと言われても
できないことってありますよね。
  
  
 
第3者に聞いてもわからない。
本人に聞いてもわからない。
だったら、どこに答えはあるのでしょう??
答えなんてどこにもないのかもしれません。
 
 
 
だから、何でこんなことをするのだろう!!という
疑問を持ったとして
相手の気持ちを読もうとしても
無駄な努力でに終わってしまうことでしょう。
 
 
 
でも、何か嫌なことをされて
モンモンとしている時って
なぜ? 何で??と疑問符が頭に浮かんで
答えのない問いを繰り返すだけで
苦しくなってしまいますよね。
 
 
 
何でそんなことをしたのか?
答えはわからない!!
ということを知っておくだけでも
少しは何か楽になれるのかなと思います。
 
 
 
本人にすらわからない問いの答えを
考え続けるのはつらいですからね。
相手の考えを読もうとしない。
ただ、自分がどうあればいいのか?
私はこうする!!という
考えを強く持っていると良いのでしょうね。
 
 
 
相手がどうしようと
自分がしっかりとした芯を持っていたら
ぶれずにいられますからね。




ありがとうございました。


僕たちの中では2つの声が
存在するように思えます。
頭の声心の声です。
この2つの声が同じことを言っていれば
何の問題もないのですが、
時として対立することを
言うことがあるのです。
 
 
 
たいていは頭の声損得勘定で考えて
得する方を選ぶことが多いです。
~しておいた方が良いだろう!
~してしまうと後で問題になりそう!
とか過去の経験や未来の可能性など
いろいろと考えて
何がベストな選択かを
選んでいるように思えます。
 
 
 
心の声と言うのは
子どものような感情を持っていて
損得勘定よりも
今、自分が何をしたいのか
何をしたくないのかという
好き嫌いで選んでいるように思えます。
 
 
 
どちらも大切な声なのですが、
今は頭の声の優先させて
心の声を封じ込めていることが
多いのではないのでしょうか?
 
 
 
頭の声を封印している時は
自分のことよりも
相手のことを優先させている時です。
優先させているというか
相手から嫌われないように
怒られないように
バカにされないようにと
気を使いすぎている状態が
ほとんどのような気がします。
 
 
 
僕も昔はずっと頭の声ばかりと
優先させて生きてきました。
人の顔色ばかりうかがって
~しないといけない
~してはいけないという
ルールに縛られてしまって
とっても行き苦しかったです。
 
 
 
それに、何も嬉しいこともなく
自分が何をやりたいのか
何を望んでいるのかすら
分からなくなっていました。
 
 
 
ただ、人から嫌われないように
バカにされないようにと
評価ばかり気にして
懸命に生きていたと思います。
 
 
 
心がどんどんと貧しくなって
感情も薄れていました。
心の声を無視していると
大切な感情をなくしていくのです。
生きる意味さえもわからず
いつまでも満たされることがない
人からの評価の世界の中にいたのです。 
 
 
 
心の声を優先させることをすると
自分を優先させることになるので、
人から嫌われるようなことをしたり
怒られるようなことになってしまうと
思っていたから、
できなかったのです。
だって小さいころ、
それで散々怒られてきましたからね。
その記憶が大きく影響して
怒られない行動をとるようになったのです。
 
 
 
でも、それは僕の家族だけのことであって
ちょっとくらい自分を優先させても
人はそんなに簡単に嫌わないし
怒られることってないのです。
バカにされても失うものはないです。
 
 
 
まだまだ頭の声を優先させてしまっていますが、
だんだんと心の声にも耳を傾けて
実行することができるようになってきました。
そうなると、力を不必要に入れることなく
楽に生きられうようになるのです。
そして、感情も濃くなってきました。 
  
 
 
このように頭の声と心の声の
バランスはとっても大切だと思います。
たいていは頭の声が優先に
なってしまいがちなので、
心の声をもっと聞くようにできると
悩みが減って
楽に生きられるようになることでしょう。
 
 
 
 
ありがとうございました。


僕たちは悩みや苦しんでいる時は
世界中で自分一人だけが
不幸を味わっていて
みんなは何もなくて幸せそうに
見えるような気がすることって
あると思います。 
 
  
 
そういう時は、何で自分だけこんな
苦しみを味わないといけないのだ。
あの人たちは何もなく幸せそうで
良いなと思ってしまいます。
 
 
 
そして、自分一人だけだと思っていると
どんどんと苦しみが増えていくように
感じられるから不思議です。
 
 
 
でも、同じような苦しみを
抱えながらも懸命に頑張っている人を
知ることができると、
あの人も同じ苦しみを耐えてるのだ。
自分もこんなことで弱音を吐いていてはダメだと
ちょっと苦しみが減るように思えます。
 
 
 
スポーツでも、苦しい練習を
1人でやるのと
みんなでやるのとでは
苦しさは違ってきますもんね。
どんなに苦しくても
みんながいてくれると
自分の限界以上の力を発揮することが
できるようになったりします。
  
 
 
このように苦しみの感じる尺度は
周りの環境などの影響も受けて
その時々で変わる性質があります。
同じ出来事でも10の苦しみを
抱えている時もあれば
5くらいしか感じない時もある。
 
 
 
苦しい時は心に余裕がなくて
どんどんと泥濘にハマっていくかもしれませんが、
少し周りを見渡してみると
同じように苦しみを抱えながらも
立ち向かっている人がいると思います。
けっして、自分だけが味わっていて
周りの人は何もないということなんて
ありませんよね。
 
 
 
苦しいのは自分だけでない
とちょっとわかっただけでも
楽になることがあるのかなと
思ったので書かせていただきました。
 
 
 
僕がアトピーで苦しんでいる時に
そう思ったことです。
僕一人だけが苦しんでいると
勘違いをしてしまっていましたが、
周りにはもっとすごい苦しみを
経験しながらも、
それを出さずに頑張っている人が
いましたからね。
僕も頑張っていこうと思います。
 
 
 
ありがとうございました。


やっと暑い日が落ち着いてきましたね。
今年の暑さは異常でしたから、
外仕事をされている人は
大変だったと思います。
 
 
 
僕が見ていてすごいなと思った人の話です。
近くで工事をしていて
交通整理をしている人がいます。
その人の仕事っぷりがすごかったのです。
どんなに暑い時であっても
丁寧に僕たちの車を誘導してくれる。
普通の人だったらだるそうに
棒を適当に振って誘導するのですが、
その人はしゃんと背筋が伸びて
指先にまで心がこもっているような
丁寧な誘導をするのです。
 
 
 
そんな姿を見せられて
いつも感心させられます。
たぶん、僕だったら適当に
やってしまっていると思います。
 
 
 
そういう姿を見ていると
仕事って何をするかじゃなくて
どんな気持ちでするのか?
なのでしょうね。
 
 
 
その交通整理の人はどんな仕事であっても
きちんとした仕事をすると思います。
かたや僕は好きな仕事だったら
きちんすると思いますが、
嫌いな仕事やキツイ仕事だと
手を抜いてしまうことでしょう。
 
 
 
手を抜くことも時には必要だと思いますが、
それだと仕事をしている喜びや
感動は生まれてこないことでしょう。
どんなに立派な仕事であっても
嫌々やっている仕事って
心もつらくなってしまいます。
 
 
 
どんなに大変な仕事でも
心を入れてきちんとやっていると
喜びや感動に変わっていきますからね。
 
 
 
そして、僕は自分に自信がなかった時は
職業でも人に評価を求めてしまっていて
人から評価されるような職業に憧れていました。
 
 
 
土木作業員とか工場勤務とか
人が嫌がるような仕事は価値が低くて
みんなから尊敬されるような
先生と呼ばれる仕事には価値が高い。
だから、カウンセラーになりたいと
思っているところもありました。
 
 
 
今はトラックの運転手がメインで
カウンセリングは副業でやっています。
どちらも大切な仕事だと思えるように
なってきました。
同じくらい仕事の喜びを
感じることができますからね。
 
 
 
 
どんな仕事であっても大切な仕事で
特にキツイ仕事ほどやっている人を
尊敬のまなざしで見ることができます。
どんな職業であっても
人から必要とされてあるわけで
誰かがしないと迷惑がかかりますもんね。
 
 
 
ここで勉強になったのは
どんな仕事であっても価値は一緒で
何をするかはさほど問題ではなくて
どんな心構えでやるのか?
手を抜くこともできると思いますが、
その分だけ仕事の喜びや感動が
薄れてくるように思えます。
 
 
 
心を込めた分だけ
返ってくるということでしょう。
どれくらい今の仕事に
心を込めてやることができるのか?
僕の課題だと思っています。
 
 
 
 
ありがとうございました。