今日もとある小学校でのチラシ手配り。
こども達が、よって来ていろいろ
にぎやかに話したりしながら。
毎日、こんなことしてて、
どこの地域のどの小学校でも
必ず人なつっこいこどもが
何人かいる。
こどもがこどもらしくいられる
世の中ってとても大切。
昔と違うのは、値段を聞く子が
すごく多いこと。
小学生が、真剣に聞いてくる。
ほとんどは濁してしまうが、
たまに執拗に聞く子に◯◯円
なんて答えると、「お母さん
絶対アカンいうわぁ」とか、
昔は絶対無かったリアクション。
親がお金がない、とか言い訳
してる頻度が以上に高いのだろう。
勿論、こどもの欲しいもの、やりたいこと全部させるのは経済面だけ
でなく、しつけ面でも考えもの。
だが、何かとお金がないと
あきらめさせるための常套句に
するのはもっとよくない。
昔はもっとお金が実際無かった
と思う。が、親はそれをモロに
こどもに言うことはなかったし、
こどももそれを平然と他人に
公言することも無かった。
世の中全体が不景気、不景気と
騒ぎ立て、親も家庭の実体とは
必ずしも合致してなくても、
お金がないことを免罪符に
していないか?
お金がないのか、あるのか、
それはかなりの部分主観的。
親子がなぜやりたいのか、
欲しいのか、必要か?と
じっくり話し合えているのか
甚だ疑問。
昔のお母さんはもっと、くたびれ
てた。見た目。でも、もっと
元気だった。こどもを引っ張って
いた。時にはひっぱたいてた。
今はひっぱたきもしないが、
引っ張りもしてないように見ら
れる。良し悪しではない。
しかし、親になったなら、
自分の時間よりこどものための
時間、自分のことより、こどもの
こと、自分の着るもの、飾るもの
より、こどもの身につけるもの、
ではないのかと古い価値観の私は
思う。
自分がくたびれてても、そんな
昔のお母さんて、なんか、
眩しかったし、ホントに
お母さんだった。