
ダウンタウンを観ながら年を越し、少し眠くなってウトウトしたが3時前には目覚めた。
本来ならば自由気ままに一人で出かける恒例の初詣も、今年は仲間が同行する。3時半に現地待ち合わせとなっていた。
「さてと、行くか・・・」
LINEで「これから出る」とメッセージを送ってから表へと出た。
実のところ、少し面倒くさかった。待ったり、待たせたりと、余計なことに気を使うのが億劫なのだ。ひょいひょいと、都合の良いタイミングで出かけられるのが俺の参拝の利点である。
可愛い女の子でも同行するのなら少々気分も踊るが、相手は常に会社で顔を合わせる一回り年下の野郎である。一緒にお出かけして楽しい相手じゃない。それでも一緒に行くことにしたのはK君がどうして今回に限って初詣をしたいのかを知りたかったからだ。
何で初詣に行こうと決めたのかを訊ねると「いやぁ、だって今年は酷かったですからねぇ」と漠然とした答えしか返さなかった。仕事中だったので、それ以上は訊かなかった。
俺が毎年、初詣に船橋大神宮へ出かけているのは知っている。お互いに家が近いため、これまで何度か「一緒に行くか」と冗談ぽく誘っても一度も乗ってこなかった。それが、今回は向こうから話を持ちかけてきたのだ。彼の心の中には、きっと何か神にすがりたいほどの願望があるに違いないと踏んだ。
ここでK君に関して話しておく。
俺が知る限りにおいて、いわゆるサラリーマンで、彼を超える遊び人は居ない。男の遊びは多々あるが、俗に「飲む・打つ・買う」と呼ばれるものの中で「買う」のレベルが尋常ではない。
頻度ではなく、使う金額である。
彼が出向くのは千葉や吉原、川崎の最高級店ばかりだ。その中で数年前に飛び切りの「お気に入り」が出来たようで、その姫の誕生日には3コマ押さえるなんてこともしたようだ。たった一日で使った金額は約30万円以上に及ぶ。
具体的に説明すると2時間で9万2千円のコースを6時間予約して、最初の2時間でとりあえず交接し、間の2時間で姫を店外へと連れ出してしゃぶしゃぶを食らい、残りの2時間で再びプレイするといった豪勢な遊び方である。
これが会社社長や投資家といった、金が有り余る人間ならばある話かもしれないが、少なくとも俺の周囲にいる「ただの会社員」でここまで使える男は彼しか居ない。
その「お気に入り」が店を辞めてからも、彼は個人的にコンタクトを取って月イチで遊んでいた。店と同じ遊興費を支払って、である。もう3年くらい、そうした関係を続けているらしい。
俺は一度、フィギュアスケートの会場でその女を遠目から見たことがある。真っ赤なセーターにスキニーなデニムを穿いていた。セーターの赤が実に上品ないい色で、羽生選手や高橋大輔目当てで集まった「そこら辺のババア」の中で群を抜いていたのを覚えている。
俺は、そのフィギュアのチケットをK君から貰っていた。ネットオークションで落としたらしく、一枚8万円。それを2枚、計16万をタダで貰った。理由はK君が知人に頼んでいた別席のチケットが手に入ったからだ。その知人はフィギュア連盟に身内が居て、特等席が用意できたのだった。ただ、直前までそのチケット入手の可否が分からなかったため、K君はネットオークションで自らチケットを確保していた。
経緯はさておき、K君がフィギュアスケートのチケット入手に奔走した理由はただ一つ、「お気に入り」のリクエストによる。
言葉は悪いが、そこまで一人の「商売女」に入れあげて金を使うのは理解の範疇を超えるが、俺だって去年は半年間も休まずに性的な接触もない一人の女の子目当てに店通いしたわけで、金銭が介在するとはいえ店の女の子に「オンリーワン」的な強い思い入れを抱いてしまう心情は多分に理解出来る。程度の違いだけなのだろう。
K君の、今回の初詣には彼女に対する何らかの願いがあるのではないか。そこら辺の話を訊いてみたいと俺は思っていたのだ。
大神宮の鳥居の下でK君と会い、カップルや若者の多い参道を一緒に進んだ。
「何で今回、乗ってきたわけ?何をお願いしたいの?」
歩きながら訊ねると「このところ、パチンコで全然勝てない」というようなことを語った。
本殿の前まで進み、二礼二拍手して手を合わせる。俺は家族の健康や今年の抱負などを漠然とイメージしつつ祈願した。賽銭は今年迎える年齢を重ねて500円を選んだ。個人的には、それでも充分に多いと感じるくらいだが、K君は「札、いっときますか?5Kくらい、いっときますか?」と言って5千円札をひらりと放った。
参拝を済ませてからおみくじを引いた。俺は「吉」、K君は「大吉」を引いた。
お茶でも飲もうということになり、別々に車でファミレスまで移動した。俺は「ぜんざい」を、K君は「クリームあんみつ」を頼んで話をした。
この一月後半にK君は「お気に入り」と一緒に温泉旅行にいくことになっている。一泊、一人四万円近い宿を予約したと聞いていた。
「いいね、温泉旅行。楽しみだね。俺も、その辺り休みなんだよね」
そう持ちかけると「一緒に行きます?」とK君は返してくる。
「いやいや、同行したところで別に俺は楽しくないからさ」と答えて反応を窺う。
「一緒に行きましょうよ。一発くらいならいいですよ。3Pしますか?」
そんな答えが返ってくるのを待つ。もちろん、実際にそういう場面を期待などしていない。強がるK君を見たいのである。そして「あ、じゃ行くよ。何時に、どこへ行けばいい?」となどと答えて、K君を少し困らせてみたいのである。
しかし、K君は冗談でもそう言わない。普段の会話パターンならそう返してきそうなものだが、ふざけたやり取りの中でも他人が「自分とお気に入りとの関係」に介入するのを拒むのだ。そこに彼の本気度が窺える。性を売り物にしている女を愛したがゆえの苦悩が滲んでいる気がする。
「いつまで続けるの、その彼女との関係は?」
そう訊ねると「そろそろ終わらせたいなと思うんですけどね」と答えた。
「でもさ、もう何年も月イチで肉体関係を続けてきた相手なら情だって湧くだろうし、なかなか終わらせられないんじゃないの?」と問うと「でも、いつまでもダラダラ続けててもしょうがないじゃないですか」と答えた。
本心だろうか。関係を終わらせようと思っている女のために高い温泉旅館をとるだろうか。彼が神前で願ったのは本当にギャンブル運なのだろうか。彼女との幸福ではないのだろうか。
世の中、何がどう転ぶか分からないが、商売女と客として始まった関係が恋愛に発展するケースは少ない。映画「トゥルーロマンス」のような純情など紛れ込まないのが一般的だ。擬似恋愛という前提の下、金銭の介入なしには成立しない間柄なのだ。
その大前提を毎度金を支払うことで痛感しながらも、不本意ながら沸いてしまう自らの純情の狭間で悩む彼の心の叫びが聞きたかった。しかし、その後も「結婚」や「恋愛」といった話題から迫ってみても最後まで本音を聞くことが出来なかった。
K君は彼女との関係をクールに割り切っているように振舞っている。しかし傍から見れば純然とした恋愛感情があるようにしか思えない。
K君の心の内側から描けば、これはラブストーリーだ。胸が苦しくなるほどの、哀切なラブストーリーのように俺には思えてならない。