CDが売れない時代と言われる。実際に売れないようだ。
でもレコード世代としては「盤」がないとピンと来ない。形のないデータだけでは、やはり心許ないというか物足りない。
CDが売れないおかげで輸入盤の値段はずいぶん下がった。そこは歓迎すべき点だ。
音楽を愛する人口が減っているわけではなく音源の入手形態が変わっただけ。
ただ古いタイプの音楽好きからすると、ダウンロード世代にはいくつかの疑問を覚える。
例えば、主にDLで音源入手している人々は再生用端末が変わる度に、いちいちデータを新端末へと再び読み込ませるのだろうか。それは容易な作業なのだろうか。多くの曲を持ち歩いているなら相当な時間をデータの移動に要するだろう。
俺はipod nanoでさえ、データの入れ替えが面倒くさくて殆ど使っていない。
また、元データが別のHDDに保存してあったとして、そのドライブ自体が故障したらどうするつもりなのだろう。ディスクを復活させるべく、店に持ち込むのか。
それでもダメなら、そこで諦めるのだろうか。
諦めきれるのだろうか?
俺は自分の車を降りる際、最低でも2回はドアのロックを確認する。
それは、車が盗難に遭う心配ではなく、積んである20数枚のCDが気になるためだ。
甚だスケールの小さい話だが「CDを盗まれるのは絶対に嫌」なので仕方がない。
そんな人間からすると、利便性を優先して音源入手している人々の気持ちが今ひとつ理解出来ない。どちらが良い悪いではなく、単純にその心理が分からない。
盤が無くて不安ではないのか。HDDや再生端末など、大抵の機械はいずれ壊れる運命にある気がする。
ひょっとすると音楽を「一過性のデータ」として捉えているのかもしれないな。
一時期は夢中で遊んでも、そのうちに飽きてしまうゲームと同様に。
あるいは、違法なデータ交換ソフトでも利用すれば、いつでも他人のデータベースにアクセス出来るため、あえて音源を個人所有する意味などないのかもしれない。
いずれにせよ、その辺りをDL主義の人に訊いてみたいものだ。
昨日も例の店へ向かう前、秋葉原のヨドバシカメラ7FにあるタワレコでCDを探した。
ここは都内のCDショップの中でもでかい方だ。確か10万枚くらいはある。
もう、こんな規模の大型店舗は増えないだろう。
船橋の西武にあるタワレコはフロアを縮小し、覗くに値しない店になってしまった。
とはいえ、ここ何年かは俺も殆どのCDをアマゾンで購入している。
楽だし、安いし、種類も豊富で探しやすい。ネット購入はメリットこそあれ、デメリットは少ない。
・・・待てよ。
俺が事情を知らないだけで、DL世代もメリットだらけなのかもしれない。
でなければ、これほど普及するはずがない。
俺の部屋はCDを並べてはいない。正確には、並べるスペースがない。
ベッドの下の大きな引き出しと衣類用の大型プラスチックケース数個。
さらにはダンボール箱の中に順不同に詰め込んで仕舞ってある。
・・・待てよ。
HDDに入れてあれば、アルバム一枚探すのだって随分と楽ではないか。
「あのCD、どこにあったっけ?こっちの箱?いや、違うな。どこだ?」
そんな面倒かつ、そこそこ重い箱移動とCD探しからも開放される。
ううむ、やはり時代的には音楽はデータとして管理するべきなのだろうな。
・・・なんてことに思い至りながらも、俺は今後もCDを買い続けるのだよ、きっと。
P.S. 今度の日曜はH島君の結婚式。土曜日出勤ならば伺いますね。
昨日買った福田進一の武満徹作品集。これは愛弟子の村治香織による演奏。
アレンジはスコアが一緒なので同じです。
でもレコード世代としては「盤」がないとピンと来ない。形のないデータだけでは、やはり心許ないというか物足りない。
CDが売れないおかげで輸入盤の値段はずいぶん下がった。そこは歓迎すべき点だ。
音楽を愛する人口が減っているわけではなく音源の入手形態が変わっただけ。
ただ古いタイプの音楽好きからすると、ダウンロード世代にはいくつかの疑問を覚える。
例えば、主にDLで音源入手している人々は再生用端末が変わる度に、いちいちデータを新端末へと再び読み込ませるのだろうか。それは容易な作業なのだろうか。多くの曲を持ち歩いているなら相当な時間をデータの移動に要するだろう。
俺はipod nanoでさえ、データの入れ替えが面倒くさくて殆ど使っていない。
また、元データが別のHDDに保存してあったとして、そのドライブ自体が故障したらどうするつもりなのだろう。ディスクを復活させるべく、店に持ち込むのか。
それでもダメなら、そこで諦めるのだろうか。
諦めきれるのだろうか?
俺は自分の車を降りる際、最低でも2回はドアのロックを確認する。
それは、車が盗難に遭う心配ではなく、積んである20数枚のCDが気になるためだ。
甚だスケールの小さい話だが「CDを盗まれるのは絶対に嫌」なので仕方がない。
そんな人間からすると、利便性を優先して音源入手している人々の気持ちが今ひとつ理解出来ない。どちらが良い悪いではなく、単純にその心理が分からない。
盤が無くて不安ではないのか。HDDや再生端末など、大抵の機械はいずれ壊れる運命にある気がする。
ひょっとすると音楽を「一過性のデータ」として捉えているのかもしれないな。
一時期は夢中で遊んでも、そのうちに飽きてしまうゲームと同様に。
あるいは、違法なデータ交換ソフトでも利用すれば、いつでも他人のデータベースにアクセス出来るため、あえて音源を個人所有する意味などないのかもしれない。
いずれにせよ、その辺りをDL主義の人に訊いてみたいものだ。
昨日も例の店へ向かう前、秋葉原のヨドバシカメラ7FにあるタワレコでCDを探した。
ここは都内のCDショップの中でもでかい方だ。確か10万枚くらいはある。
もう、こんな規模の大型店舗は増えないだろう。
船橋の西武にあるタワレコはフロアを縮小し、覗くに値しない店になってしまった。
とはいえ、ここ何年かは俺も殆どのCDをアマゾンで購入している。
楽だし、安いし、種類も豊富で探しやすい。ネット購入はメリットこそあれ、デメリットは少ない。
・・・待てよ。
俺が事情を知らないだけで、DL世代もメリットだらけなのかもしれない。
でなければ、これほど普及するはずがない。
俺の部屋はCDを並べてはいない。正確には、並べるスペースがない。
ベッドの下の大きな引き出しと衣類用の大型プラスチックケース数個。
さらにはダンボール箱の中に順不同に詰め込んで仕舞ってある。
・・・待てよ。
HDDに入れてあれば、アルバム一枚探すのだって随分と楽ではないか。
「あのCD、どこにあったっけ?こっちの箱?いや、違うな。どこだ?」
そんな面倒かつ、そこそこ重い箱移動とCD探しからも開放される。
ううむ、やはり時代的には音楽はデータとして管理するべきなのだろうな。
・・・なんてことに思い至りながらも、俺は今後もCDを買い続けるのだよ、きっと。
P.S. 今度の日曜はH島君の結婚式。土曜日出勤ならば伺いますね。
昨日買った福田進一の武満徹作品集。これは愛弟子の村治香織による演奏。
アレンジはスコアが一緒なので同じです。