海賊奉行

海賊奉行

海賊魔女のスピンオフ企画!

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 むかしむかしあるところに、りょうま、やたろう。というわかものがおったそうな。

 ふたりはふねにのり、ものとものをこうかんしながらたびをしておった。

 そんなあるひ
 
 りょうまとやたろうは「たくさんのたべもの」と「おおきなたいほう」をこうかんした

 さっそく、りょうまがたいほうをうとう、といいだした。

 やたろうがやめろ。というがりょうまはいうことをきかない。

 りょうまはとうとう、たいほうをうってしまった

 たいほうのたまは、うんわるく、「いろはまる」。というふねにあたり、しずんでしもうた。

 りょうまはにげろ。といった。

 やたろうはりょうまにすなおにあやまろうといった。

 しかし、りょうまはまたもやたろうのいうことをきかず、にげてしまった。

 
 みんなもわるいことしたらにげずすなおにあやまろう。
 調所笑左衛門(広郷)に俵物を献上した。

 それからしばらくは不漁が続いたが、なんとか、抜荷で切り抜けた。

 許可されているといえど、こそこそと抜荷していた。

 しかし、中にはあぶく銭の時みたいに偽金や石ころに騙されたこともあった。

 やがて、大漁とはいわないが、普通の漁獲量に戻った。

 とはいえ、元々貧しいので、普通の量に戻っても、生活は楽にはならない。

 隼瀬は漁師をしつつも、抜荷をするための俵物を作り続けた。

 以前とは違い。集落の皆も漁師の仕事が無い時に隼瀬の俵物作りを手伝っていた。

 そのおかげで薩摩に献上する量も増えていった。

 さらには、島での暮らしも以前より少し楽になった。
 それは漁やその他の無駄を隼瀬が率先して、省いたからである。

 小夏は隼瀬の活躍を見届けて、江戸へ静かに、旅立っていった。

 この時の隼瀬は半漁師、半商人といった二足の草鞋を穿く、奄美大島の漁師で中心的な人物となっていた。

 一方、調所笑左衛門(広郷)は隼瀬や浜崎某の商人達の活躍もあってか、トントン拍子に出世して、家老になり、琉球交易の品目増加に邁進していた。

 隼瀬も調所の出世にあやかり、同じ家老の「新納氏」の養子になり、そこで「新納主水」となり、今に至る。

 次回は海賊魔女になります。
 

「 珊食ザメ」「あぶく銭」のせいで、彼の計画は半分狂ってしまった。

 
 彼は自分達が作った「俵物」を大八車に乗せて、ある人物の勤務先に運んでいた。

 そこに着くと、門番に「献上したいものがあります。」と伝えた。

 奥に通された、隼瀬は庭に正座して、その主を待っていた。

 その主が現れた。

「拙者が調所笑左衛門である。献上する物があると申すか。」

 「はい。俵物を」隼瀬は三つの俵物を指差す。

 「殊勝な心掛けである。・・・願いはなんじゃ❓」

 「ここ何年か。不漁続きで。・・・私達は生活に難儀をしております。琉球か唐人と取引がしたいのです。・・・もちろん、その品や金子は必要な分以外は献上を致します。」

 調所は静かに聞き。・・・しばらく、沈黙し、やがて、笑い。

「その方のように、覚悟を決めて来た者がいた。・・・いいだろう。その者同様に抜荷を差し許す。
 証明書を書くゆえ。しばし待っておれ。」

 調所は思ったより、話の判る奉行であった。
 調所が言った。「その者」とは「浜崎某」という商人だという。

 こうして、彼は国から、抜荷の許可書を貰い受けた。

 条件1 
抜荷の品目と利益。島での生活に必要な金額を細かく記し、奄美大島の代官に提出すること。

 条件2 
代官が薩摩に抜荷品目と利益についての書類を提出し、薩摩からの御下知(命令)を受けるまで金を使う事は許さない。

 条件3 
もし、条件1の事柄で嘘偽りを記載した場合。十両以上(70万円)騙(かた)り盗ったとみなし、死罪とする。
騙り盗った金額が10両以下でも死罪とする。
 それは親族にも及ぶ。

 条件4
 取引では 「許可書」を携帯すること。もし、忘れた。というものなら、捕縛し、抜荷の許可を剥奪する。

 条件5
 「許可書」を紛失した場合は一回の取引で得た品、利益を全部差し出す。
 さすれば、再発行する。

 
 

 
 
 珊食ザメに遭遇してから、数日後のある夕方

 漁からの帰りに、一隻の小舟が近付いてきた。

 隼瀬が見ると、そこには、 黒マントをまとった怪しい男がいた。

 その男は「珊瑚島」についても、そこで珊瑚を獲っていたことも知っていた。

 その男には何から何まで見透かされていて、不気味に思い。素直に出す事にした。

 しかし、人の目とかもあるので、夜中に取引をすることにした。


 そして、夜中

 隼瀬と謎の男が夕方に出会った場所で取引をすることになり、男が千両箱を三つ持ってきて、隼瀬は小舟一杯につんだ宝石珊瑚を持ってきた。

 彼らは交換した。

 ほどなくして、彼らは離れた。

 隼瀬がしばらく、舟を漕いでいると

 、千両箱の方から・・・


 ープチ、プチ

 という音がした。

 隼瀬が千両箱の中を見ると、千両箱一杯の小判が泡のように弾けて、消え始めていた。

 隼瀬が小判を取ろうとしたが、小判は掴めず、弾けてしまった。

 他の千両箱も同様だった。

 隼瀬は「オレ疲れてんのか❓この前の珊瑚食いザメといい、銭が消えるといい。
なんなんだ❓」と頭を抱える。

 
 あれから、毎日のように「珊瑚島」

の近海に行った。

 目印は周りより白いのが特徴だ。

 そんな一月位経ったある日。

 彼がそこに来たときには、もう島が出ていた。

 彼が手を伸ばした時。

 ーザバー❗️ー

 音とともにサメが現れた。

 隼瀬はいきなりのサメに驚いた。

 しかし、サメは隼瀬に目もくれず珊瑚を根こそぎ、食べたのである。
 しかも、「根っこ」まで食べられてしまった。

 隼瀬はさらに驚いた。

 そうこうするうちに、サメは消えていった。

 彼はただただ茫然としていた。

 と同時に珊瑚を補食するサメなど

見たことも聞いたこともない。と思った。

 島は砂地しか残っていなかった。

 
 さらに、あれから島に行ってみたが、当然の事ながら宝石珊瑚は一つも出てこなかった。
 日にちが経ち・・・

 隼瀬達は俵物を2俵作ることができた。

 鮑だけではなく、トコブシや小型のサメのヒレなども入れていた。

 
 そんなある日、隼瀬が漁に出ていると、
 海からぽっかりと島が浮き出ていた。

 島は畳2、3畳ぐらいの小さいものだったが、そこには砂が敷き詰められており、その上には白い宝石サンゴがあった。中には、ピンクのサンゴもあった。

 隼瀬は驚きつつも、そのサンゴを獲った。
 そこの砂を少し掘ると、根っこみたいなものがあった。
 そこから、珊瑚が生えたというのか❓
 何れにせよ、不思議な島である。


 しばらくして、その島が沈んであっという間に海の底へと消えてしまった。


 奄美大島に立ち帰り、小夏や漁師仲間に相談した。
 小夏や若い者は大半が賛成した。

 年輩層はこの意見は渋りをみせた。

 とはいえ、この集落はみな親戚のようなものなので、年輩層の渋りも払拭していった。

 隼瀬、小夏、その他の若い集は鮑等を獲ったり。塩を鍋で煮て作ったりした。

 当時、俵物は長崎でしか収めてはいけないことになっており、しかも幕府の関係者しか扱いが許されていなかった。
 実際、俵物の材料を貯めたりしている場合は抜荷を疑われたという。

 だが、清国船が定期的に薩摩に来ている
ので、俵物も黙認されていた。注1

 注1は俵物が黙認されていたというのは作者の独自の考えなので、実際はわかりかねます。

 海賊奉行の本作である海賊魔女はこの人からモデルにしました。


 薩摩についた隼瀬。

 着いてから、港や魚市場で情報を収集し始めた。

 港に着いていた琉球船や清国船から清に輸出する「俵物」に関する情報を聞いた。

 俵物とは貝柱や干し鮑等が詰め込まれた。物であり、他にもフカヒレ等もあった。

 俵物や昆布と漢方薬や南蛮渡来の薬品を交換できた。
 しかし、昆布は遥か遠くの蝦夷まで行かないとない。
 
 この辺で獲れるといえば鮑やトコブシ。
 大物でいえばカツオやサメである。

 早速、奄美大島へ立ち戻り、漁師仲間へ相談することにした。
 ーこの話は「海賊魔女」のスピンオフの話ですー

 
あらすじ
メリケン(アメリカ)から戻った海賊魔女は「風の噂」で、奄美大島での幼馴染の「海影の隼瀬」が薩摩で「海商船手組」の船手奉行になった事を知り、彼の屋敷へ赴いた。
 今から記すは、彼女と彼の過去の話である。


彼女とは、小さい頃から家が隣同士であったことから、よく漁の手伝いをしたり、遊んでいた。

 隼瀬は海に潜り、魚や貝を獲るのは得意だった。しかし小夏は獲るより、売る方が
得意だった。

 そんな彼が驚いた。彼女に関するエピソードがある。

 ある日の昼ごろ、隼瀬が魚を獲った帰りに、島の集落を歩いていた。

 すると、魚を焼く良いにおいがしてきた。漁からの帰りだったし、腹が減っていた。

 そのにおいのする方へ行くと、そこには小夏がしゃがんで、様々な雑魚を焼いて、売っていた。

 今で言う、試食コーナーのような感じである。

 時間といい、このやり方といい。焼き魚は飛ぶように売れていた。

 隼瀬はしばらく様子を見ていた。

 
 ー現代ー

 「思えば、小夏姉の商いを見たおかげで、こうなったのかもな」
 隼瀬はしみじみという。

 「誰のおかげでもないよ。あんたの度胸と才覚でここまで来たんだから」
 
 「謙遜しなさんな。小夏姉」  


 ー再び過去ー

しかし、いくら魚の売り上げがあっても不漁であればどうしようもない。

 ここ数年は不漁続き。

 隼瀬は不漁であっても前向きに考える。

 不漁といっても、自分の専門に扱う魚介類が獲れないのであり、他の魚介類を獲ればいい。と思っていた。
 他の魚介類を獲れば、普段獲っている物より、いい稼ぎになるかもしれないからだ。

 彼は当時、奄美大島の宗主国である薩摩へと出向いた。