開運!合掌と感謝、受け取る意味
運が向いてきても、受け取ることが出来なければチャンスを逃します。
運気と言う言葉があります。
気はエネルギー。川の流れや潮の流れのようなもので、例えるなら、この世界の様々な現象を起こしているエネルギーの波です。
その波も、大きなものから小さなもの、時には凪いだり荒れ狂ったり、渦巻きうねり押し寄せます。
運を、貴方を運ぶ舟と考えると、この様な様々な波を乗り越えて人生を運ぶ舟と理解できます。
つまり、波に乗るタイミングというのがポイントとなります。
潮を見極めて操船しなくてはなりません。
では、その波をどうやって判断し、どの様に流れに乗るのか。
人の感覚には、そもそも自身の運気を判断するセンサーが備わっています。
しかし、人には思考感情に根差した欲があり、この欲望が雑念となって感覚を麻痺させています。
いつも忙しい日々を送っていれば、当然雑念だらけでその様なものを感じるタイミングは無いでしょう。
しかも、人生そのものの目的が曖昧な生き方をしていれば尚更困難でしょう。
そこで、少しずつ感覚を磨いてタイミングを測れるようにトレーニングして行くのです。
代表的な方法に、坐禅や瞑想と言ったマインドフルネスがあります。
思考感情の雑念を鎮め、無心に近づける事でセンサーをクリヤーする方法です。
でも、本当の意味でタイミングや情報を受け取る為の大切な基本があります。
『姿勢と意識、心の方向性』です。
合掌をした時、気持ちも感覚も体の中心に集まります。
この感覚を基本として中心軸を作ります。
この軸が無かったり、ズレていると意識と霊しいのバランスは取れません。
アナハータ・チャクラ(ハート=心臓)から下丹田(スバディシュターナ・チャクラ)とを結びます。
ここで、感謝をハートに想起します。
実際にやって見ると『感謝』と言う思いは受け身の感覚である事が分かります。
漠然とでも『ありがとうございます。』と思うと、同時に何かを受け取っている感覚が起きるはずです。
この時、『感謝を思い受け取る』というエネルギーの流れが、先のハートから丹田への中心軸に生まれます。
感覚を理解している人ならば、この段階で既にハートが熱くなり、鳩尾から臍、丹田に向けて暖かい気が流れるのを感じられるはずです。
この感覚を基本の軸に置いて、ヨガや気功の練功を行う劇的に体の状態が変わるのを実感できると思います。
是非、実践してみて下さい。
全ての中心を結ぶ『中心力』
中心の感覚が如何に大切か、少しご理解いただいたところで、もう少し『中心』について掘り下げてみたいと思います。
万物には中心と言う『点』と、中心『軸』と言うものが存在しています。
これは、その辺りに落ちている石ころから、地球や月、太陽、さらには銀河に至るまで中心があります。
さらには、分子、原子、素粒子に至るまで、同様に中心が存在し、私達の心や体にも感じている通りに中心と中心軸が存在します。
つまり、全ての存在は中心を持って成り立っていると言うことです。
この中心と言うポイントは、数字で表すと『0』と表記できます。
私はこれを、「万物を貫く『0』ポイント」と呼んでいます。
この『0』は何処まで行っても『0』であり、言い方を変えれば、全ては『0』によって出来上がっていると言っても過言ではありません。
『0』と言う概念をさらに分析してみると、無いと言う事になり、万物の本質は空であり無であると解釈することも可能です。
視点を変えて例をもう一つ。
先程は、宇宙に目を向けて中心を考えましたが、今度は一本の棒を例にとり『0』を考えてみます。
先ず、一本の棒の半分の所に印を付けます。
その印の場所は、中心でありバランス中心『0』のポイントです。
さらに、その棒を半分で切断し、その半分の中央に点を打ちます。
すると、そのポイントも先の半分の中心『0』ポイントとなります。
同様に、これを繰り返して何処までも半分にして行きます。
その度に中心『0』を求めて行きます。
これを、物質の単位が尽きるまで続けます。
おそらく、最後は量子のレベルまで『0』を追い続ける事になり、終いには無に行きつく事になるでしょう。
これを整理すると、全てには中心『0』が存在し、その中心の単位においては全て『0』であり、そこでは全てが『0』を通して繋がっていると理解する事が出来ます。
これは、体感を通しても理解できます。
気功の立禅をして、深く禅定にある時、全身の感覚が増幅しながら膨張し、周りの空間に溶けて繋がったような感覚になる事があります。
全てが、溶け合い分け隔てな繋がっているような不思議な感覚です。
呼吸と周囲の空間も連動していて、細胞の分子や原子、周囲の空気や木々、大地を創る原子も全てが繋がり一体となったような不思議な感覚です。
この感覚を素直に肯定するならば、それは単なる感覚ではなく、本来繋がりあっている状態を、感覚が研ぎ澄まされた事によりリアルに感じ取っている状態と考える事ができます。
そして、この感覚をより味わい受け取り楽しんで行くところに、『氣』と戯れる感覚が分かるようになります。
全ては『氣』が映し出した世界
先に、『0』を中心と考えて、宇宙を見てきました。
今度は『0』を『氣』と言う概念に置き換えて、世界を観てみたいと思います。
『氣』は、全てを創造し結び付けている力です。
なので、その解釈は様々な形で表現できると思います。
量子の観点で物を見ると、全ては波動であり波であると言い、その波を『氣』と考えれば、『氣』本来の概念と一致します。
つまり、古代の人は万物の本質を感覚的に捉えて、それを『氣』と言う概念で捉え表現したのです。
なので、『氣』の概念を借りれば、世界は『氣』が映し出した世界であると言えるのです。
『氣』と言う意味を、私達は色々な表現に取り入れて日常的に使っています。
特に、「元気」「気力」「気遣い」「気持ち」「気は持ちよう」など、氣と言う概念を無意識のうちに日常表現に取り入れて使っています。
これらの言葉は、『氣』と人の意識は密接に関わっている事を物語っています。
意の生じるところに氣は生じ、氣の生じるところに意は生じる。
禅問答のような表現ですが、これは私達が思うところに色や形や意味が生まれて、自分の世界が生まれている事を意味します。
例えば、形や色に言葉の表現が加わる事で意味を生じると言うことです。
そして、人が意図する所に行動が生じ、想うところに形が生じます。
人は言葉を使い、色や形を表現し、名前をつけ、意味を与え、形を想像し、様々な物を創り出します。
この様に、私達は気持ちによって、気を用い(持ちい)て、この世界を創造しているのです。
波動として存在する過去と未来
私達の存在は、本来波動です。
物質的には0と言う単位において、存在は0ですが波動レベルで常に宇宙全体と繋がり存在しています。
かなりややこし話ですが、この瞬間も全ての存在は、波動レベルで共鳴共振交流しながら、宇宙と言うネットワークの中で存在を営んでいるのです。
この波動のレベルでは、私達の過去も過去世も、これから経験するであろう未来も存在しています。
ただし、未来に関しては、今と言う起点が変化する事で常に変わって行きます。
そして、そこには様々な人々や出来事が環境変化も含めて複雑に絡み合って未来を織りなしています。
それは個人レベルでは測れない大きなうねりの様な波であり、この波を感じ取る事ができて、上手に変化の波に乗ることが出れば、その波が人生を運んでくれる乗り物なまります。
龍体と言う波動存在
良く耳にする龍とはどう言う存在なのかを、波動の話しが出たので、ここで少しお話ししたいと思います。
私は龍を波動存在と理解しています。
先に、人生には波があり、その波に乗ると言う話をしました。
龍体とはまさに流体であり、波のように存在してるエネルギーレベルのプラズマ生命体です。
この龍体存在は、時間の概念を超越した宇宙の創造原理と密接に関わる存在です。
それは、螺旋の渦の形をとり、水のように空気のように存在し、量子レベルから原子や電子、分子の動きの中にも見ることができ、それは結晶となり遺伝子の螺旋となり、この宇宙全体を創造している存在です。
実は、私達もその一部であり、本質的には龍体が姿形を変えたものです。
受け取り結ぶ
話が大分飛び過ぎたので、中心の話に戻ります。
大凡ですか、『中心と0』『波動と螺旋』『氣と螺旋』『螺旋と龍体』これらが存在の構造的本質であることが少し理解できたかと思います。
合掌を通して『受け取る心』と言うのは、姿勢によって生まれます。
感謝の気持ちや謙虚な心の持ちようは、エネルギーを受け取る状態にあります。
螺旋のエネルギーは、中心に向かって流れ込んで来ますから、中心に沿った心と形の姿勢がポイントとなる事が理解できると思います。
このように、中心を整え宇宙の流れに沿った姿勢が、宇宙の根本存在『0』と繋がる基本となるのです。