7・5 くもり
昼間なのに薄暗い。
今にも大粒の雨が落ちてきそうな空だった。
見積りを作る場所を探していた。
昨日中に作成すべき書類だった。
少なくとも隣に座っている先輩、イタさんには見つけられたくなかった。
cafeに行くのも金がかかるし金額を他社の人間に見られる可能性がある場所には抵抗があった。
幸い朝早く出社したこともあり、まだ女性の皆さんは来ていない。
一番早く来るのはお局だが大目に見てくれるだろう。
そう考えて、ノートパソコンを持って更衣室で見積もり作成をすることにした。
考えが甘かった。
昼、後輩のロディアと一緒にご飯に行った。
「お前バカだな。更衣室で見積り書いてただろ。また噂になってるぜ。全く、お前はやることやること全部裏目に出るな。」
何でロディアが知ってるんだ?見られたのはお局しか・・・まさか。また言ったのか。
「だいたいウチみたいな古い会社、そんなエキセントリックなことしてたら事務所のババア達の格好の話のネタになるぜ。お前もうちょっとうまく動けよ。」
慣れているとはいえ、また涙がこみ上げてきた。
自分が事務所の人間の話のネタになっていることに気づいたのは、つい1・2ヶ月前だった。
「お前みんなから見世物になってるんだぜ。」
ロディアの声が頭の中を反響する。
まさか皆から好奇の目で見られているとは夢にも思わなかった。
確かに私の言動は目に余る。
入社当時から不安が常に付きまとっていた。
電機メーカーの営業。開発の営業部署に配属された。
文系出身の私ができるはずがない。
案の定1年経って他部署に移された。
そこで担当した製品は比較的売りやすいシステムで
相変わらず仕事に悩みながらも細々とした営業成績をあげて働いてきた。
昨年10月。営業所で一番若々しいメンバーが集うグループに転属した。
今思えばその時期から次第に歯車が狂い始めたと思う。
6月、左肺に穴が空き入院することになった。
気胸(ききょう)という病気だ。
女性はめったにかからないそうだ。
原因不明の病気というが、おそらくストレスからくるものだろう。
入院したおかげで、行きそびれた場所がある。
精神科だ。
倒れたのはちょうど昨年うちの課にきたナヤ姉に薦められて
精神科を受診しようか迷っていたところだった。
ロディアがご飯を食べている。
どうやら彼がチョイスしたシシカバブはよほど舌にあっていたらしい。
おいしそうにほおばっている。
不意にロディアの手が止まった。
「ナヤ姉、悩んでるよ。もう、お前にどう接していいかわからないって。どんな言葉をかけたらお前が救われるのかもうわからないって。お前、ナヤ姉からどんな言葉をかけてもらってもその時だけ納得してそれきりだろ。なにもしてないだろ。変わろうとしてないだろ。」
ロディアの目を見れない。
「あんないい人、めったにいないぜ。大切にしろよ。」
そうか、私はナヤ姉を苦しめているんだ・・・。
「なぁ、お前見てると痛々しいんだよ。事務所の人間には好奇の目で見られてるし。お前、苦しみながら毎日仕事しているだろ。いっそやめちまえよ。うちの会社にいる理由なんてあるのかよ。体まで壊してさ。」
そうはいっても今の会社ほど恵まれた環境なんてこの先ありえないと思う。転職は考えた。でも給料、福利厚生、人間関係どれをとっても今のオキラク株式会社の右に出る職場なんて、絶対にいけない。
「お前そういうけどな、うちの課は遅かれ早かれみんな壊れるんだよ。Aさんだって体壊して九州に帰っちゃったし、東京のBさんは退職するしCさんは出勤拒否してるし。お前は結構キツイ職場にいるんだよ。」
だからといってこんな私じゃどこも雇ってくれないよ。
「自分に自信がもてるように努力しろよ。」
ロディア、ごめん。
あなたの家庭が今大変な時期なのにこんな私のことを心配してくれてありがとう。
でも期待に応えられそうにないの・・・。弱い。
そしてこんなにお世話になっているのに優秀な後輩であるあなたに嫉妬してる自分がいる。
ナヤ姉、すみません。
いつの間にかあなたの悩みの種になっていたなんて。
もう疲れた。
