面倒な前書きは抜きにして(笑)、下記はあるテストの抜粋です。最も相応しい言葉を四つの選択肢の中から選べという問題で、実際に解答されたものを書き出してあります。
1. 事故が起こる可能性があったのに、(ないがしろの)対策しか立てていなかった警察に責任がある。
2. 大統領の周辺は(かたぐるしい)警備で固められている。
3. 昔から人は美しい女性を花に(類似する)。
4. 彼との友情を(とがめる)ようなことはしたくない。子供の時からの付き合いなのだから。
5. さすがに数学に強いだけあって、その難問を(いかんなく)解いたので、私は舌を巻いてしまった。
6. (ものものしい)色のポスターが街の景観を悪くしている。
7. 持っているものを(心おきなく)発揮すれば合格できるはずだ。
8. 課長は部下の安田さんに目をかけて、(とめどもなく)世話をしている。
9. 元気にはなったが、無理をすると病気が再発しかねないという(一時の)不安もあった。
10. 社員の勤労意欲が落ちれば、企業が損失を受けるのみならず、(たっては)国全体の損失にもなる。
11. 一度断ったのに、また彼は(心おきなく)金を借りに来た。
12. こんなに問題が難しくては、合格は(ままならない)。
括弧の中の言葉は実際に回答されたもので、全て不正解です。本当に笑ってしまうものもあれば、少々難しいものもあるのではないかと思います。この種類の問題は全部で20問ありましたが、上記に挙げた間違えた問題は複数の回答者で共通していました。
1番、「ないがしろ」とは、軽んじる、軽視するということです。「規則をないがしろにする」などと使います。ここでも「対策をないがしろにする」とは言えると思いますが、「ないがしろの対策」とは奇妙な表現です。「軽んじる対策、軽視する対策」とは普通では言えません。正解は「おざなりの対策」です。いい加減な、その場しのぎの対策という意味です。
2番、「(かたぐるしい)警備」と言えば、形ばかりで中身がなく、また息苦しさを感じさせる警備体制と非難しているようです。大統領の警備なのですから、当然厳重であるはずで、正解は「ものものしい警備」です。
3番、「女性を花に類似する」も日本語になっていません。類似するとは、似ている、似通っているという意味で、「女性と花は類似する」なら言えなくもありませんが、「AをBに類似する」とは言えません。正解は「女性を花になぞらえる」です。
4番、「友情をとがめるようなこと」も文脈にあっていません。「気がとがめる」「過失をとがめる」などと言い、「とがめる」とは心が痛むとか非難するという意味です。正解は「友情をないがしろにする」です。
5番、「難問をいかんなく解く」も思わず笑ってしまう表現です(^ ^; 「いかんなく」とは漢字で書けば「遺憾無く」で、心残りがないように、後悔をしないようにという意味です。「遺憾なく実力を発揮する」などと使います。正解は「こともなげに解く」です。苦労もせずに簡単に、涼しい顔をして、平然と難問を解くという感じです。
6番、「ものものしい色のポスター」も頭をひねってしまうような表現です。上で出てきたように「ものものしい警備」などと使う言葉で、これを色に表現するのは無理があります。もしこのような「ものものしい色」と言われれば、何か重厚な色調で、黒っぽく、灰色っぽい配色を想像しますが、それでもとっぴな表現であることは間違いありません。正解は「けばけばしい色」で、色調が派手で、どぎつい配色、毒々しい場合もあると思います。
7番、「心おきなく発揮する」とは、気兼ねなく、安心して実力を発揮するという意味です。場合によっては使えなくもない表現でしょう。例えば自分が本気で実力を発揮してしまえば、何らかの悪影響があるような場合は、心おきなく実力を発揮することはできないとは言えるかもしれません。普通は心配事などを全て片付けて「心おきなく出発する」などと使います。正解は「いかんなく発揮する」で、100%実力を発揮するということです。
8番、「とめどもなく世話をする」とは、終わりなく、次々と世話をするという意味でしょうか。これも言えなくはないでしょうが、想像すると思わず笑ってしまいそうな表現です。普通は「涙がとめどもなく流れ落ちる」などと使います。正解は「なにくれとなく世話をする」で、何事につけ、あれやこれや世話をするという意味です。
9番、「一時の不安」、いちじの不安、またはいっときの不安と言えば、ほんの少しの短い間の不安という意味です。これも素直には読めない表現です。「病気が再発しかねないという不安が一時あった」なら、状況によっては理解できます。正解は「いちまつの不安」で、ほんの少しの不安という意味です。
10番、「たっては」とは、強(し)いて、無理やりという意味でしょうから、ここでは全く使えません。正解は「ひいては」で、ある影響の範囲が広がる様子、あることが原因となって、それが他に影響を及ぼす時に使います。
11番、「また彼はこころおきなく金を借りに来た」正解は「おくめんもなく金を借りに来た」です。「臆面もなく」とは全く気後れせず、はばかりのない様子を表します。一度断られたのに、そのことを何とも思わずに再び金を借りに来たという意味ですから、「こころおきなく(安心して)」は相応しくありません。
12番、「合格はままならない」この問題がこの中で一番難しいかもしれません。「ままならない」とは、「わがまま」の「まま」ですから、自分の思い通りにならない、自由にならないという意味です。一方、正解の「合格はおぼつかない」とは、はっきりしない、うまくいきそうにないという意味です。もともと試験に合格するか否かは、自分の自由にならない「ままならない」のは当たり前のことです。ましてや問題が難しければ、合格するかどうか全く確実でないのですから、「おぼつかない」の方が相応しいということになります。
「語感」とは広義ではその言葉から受ける印象という意味です。その印象は個人の主観であり、それを完全に統一することは不可能ですが、だからと言って個々人が勝手な使い方をしていては、すぐに言葉は無茶苦茶になり正しく意思疎通をすることが不可能になります。上記のテスト結果のように、これら全てが不正解だった人は恐らくここに出ている言葉の正確な意味を全く知らずに、いつも適当に使ってきたので、いざ相応しいものを選べといわれてもやはり適当な感覚で選ぶしかなかったのでしょう。こういう言葉の習得は、漢字の読み書きなどとは違って、普段の生活の中で磨くしかないのかもしれません。ある文章や相手の言葉をいつも「おざなりに」解釈してばかりいては、決して自分のものにはならないのでしょうね。
少し話が変わりますが、つい先日NHK朝のニュースで、あるプロ野球チームの連敗記録が伝えられていました。「球団記録タイとなる、13連敗まで伸びた」と。その女性アナウンサーは何度となくこの言葉を繰り返していたので、きっと原稿に書かれていた言葉をそのまま読んだのでしょう。でも連敗は「伸びる」、あるいは「伸ばす」ものでしょうか。僕には違和感がありました。確かに連勝ならば「伸ばすべき」ものでしょうが、「連敗が伸びた」とは配慮のない言葉だと思いました。
上記のような問題20問、全て正解、あるいはほとんど正解の人も結構いるのです。その人たちがこれらの言葉を全て辞書で調べて暗記しているとは思えません。彼等にとってはこういう問題はほとんどボーナス問題でしょうね。一方で、わざわざ四つの選択肢の中から笑えてしまうような言葉を選択してしまう人もいます。母国語話者ならば、この差は日常の中でのほんの少しの言葉に対する意識の差であろうと思います。