すでに、津島市のブログでもなくなりつつありますが。
というか更新してなさすぎですね・・・。(^^;

あまり、津島市に限定してしまうと書くことがなくなってしまうので
日々つれづれと思うことを記録していくことにしようかと思います。

最近思うのが、スマホ。
私は電車で通勤しているのですが
電車の中で、全員がスマホ見て何かやってますね。

私はその昔、willcomのW-ZEROにとびついた口で
スマホは不便なもの(当時windows mobileは非常に使いづらかった)
と思っていましたが、当時と比較して今の端末はすさまじく便利になっていました。
そのスマホは端末代が5万とか6万とか平気でして
月々6千円近く料金がかかります。

外出が多い営業マンで仕事で使うならば仕方ないかも知れませんが
単純に外で通信したいだけならSIMフリーのスマホをamazonで購入して
BIGLOBE 3gにでも加入すれば、はるかに安くすみます。

かくゆう私は、AUのEVO持ってますが、プランを解約して
端末も以前のガラケーに戻しました。
端末代の割賦は残りますが、それでも、毎月1万円近く支払うのに
我慢ができなくなったのです。

月5~6千円も通信料を支払う必要がある人は
外で動画むちゃくちゃ見る人くらいなものです。

それ以外はBIGLOBEやSo-netなどのMVNOで十分では?
と思い解約しました。
それがきっかけで以外な発見がありました。
スマホは通信しなくてもでも思った以上に使えます。

通信しない(オフライン)のスマホは、辞書としても
電子書籍端末としても地図としても使えます。
wikipediaもオフラインで調べられます。
英辞郎もオフラインで調べられます。

自宅などでwi-fiで通信できるときにデータを落としておき
外出先などのオフライン状況かではそれを必要に応じて使う
そうするだけで、簡単に月数千円の節約になります。

なお、端末はヤフオクで落札すれば数千円で手に入ります。
私のEVOは66,000円で現在も割賦を毎月支払っていますが
ヤフオクでは現時点で5,000円程度で売買されています。

そのような端末を格安で入手し、wifiで使うことが
一番メリットがある使い方という人もいるはずです。

自分に合った使い方を探り、最適な料金を支払うように
することが必要と思います。
こんばんは。めずらしく今日は2回目の更新です。

最近津島市の記事です。

津島市の兼平町にはおせんさん迎えの行事というものがあります。

これは昔、兼平町に検疫所が設けられ疫病が市内にひろまるのを

防いだことがきっかけとなり、病が広がらないことを祈念する行事のようです。

町内の4隅の電柱にお払いした竹を取り付け、結界(?)を張っています。

こういった行事を大切にし継続している町内も最近は少なくなってきているようです。

秋葉様と呼ばれている神様はどうやら、病気を防止してくれるありがたい

神様の様です。自分はもとより、このブログを見ていただいた全ての皆様が

病にかからないように祈念しております。
おはようございます。

今日は出張なので名古屋駅のマックからの更新です。

さて、最近暗い話が多く、会社内も、各家庭もいまいちぱっとしない雰囲気が

続いているように感じます。

最近歴史関係の書物を読むことが多く、大きな歴史の流れから考えて

現在の日本の仕組みは大まかにいえば明治維新の基本政策から

それほど大きく変わっていないという気がします。

現在の情報化社会になる前は、工業化社会だったのだと思います。

外国から、ものを仕入れ販売し、他国から資本を流入し

ものを作りまくって、現在の日本の状態にあると考えると

工業化社会の際に日本は有史以来の発展を遂げたといえます。

そう考えると、日本の歴史の中で「昭和」という時代だけが

他の時代に比べて特殊な状況にあったと考えるべきです。

その、異常な繁栄のために、その時代のフレームワークからなかなか

抜け出せないでいるというのが、実際に企業で働いていて感じます。

「過剰適応」という言葉があります。各時代でその時代を代表するような

国、システム、人物というのは、ある特別な環境(時代)に適応しすぎているため

うまくいっている可能性が高いです。

「過剰適応」してしまったものは次の新しい時代や考え方に懐疑的です。

日本はこの「過剰適応」を善としすぎてしまったために、次の時代に完全には

適応できていないのでは・・・?というのが個人的な疑問です。

時代が変わったのが1985年とすると、すでに25年がたち

次の時代の流れがじょじょに明らかになってきています。

そのような環境下で日本がどのように行動していけばいいのか

よくよく考えてみたいと思います。