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丼猫と闘病記録

2007年会社の人間からストーカーにあい、情緒不安、不眠の発症から寛解、結婚、離婚、悪化と現在について

2016年に捨てられた赤ちゃん猫を拾い、家族になりました
牛丼と豚丼(名前)のオス

続きです


激怒されたけどやりあったら落ち着いたのか
ゆっくりと説明してくれたのは

・姑こと義母は義父が50代で病気になった時、働きながらお見舞いに日参して大変だったこと
(まあわかる。
私の兄が事故で大怪我した時義姉さん小さい子供抱えて毎日病院通いしてて、
兄の退院祝いでうちの両親は何より義姉さんを労ってた。
この義父の病気の話は聞くの数回目で、未だに気持ち荒くしゃべるから
もう義父さん歩けるし日常生活できるまで回復してるんやから3年前5年前ならまだしも10年以上経ってるしもうちょっと気持ち落ち着けて前向きに色々考えたら…?と言ったが。)

・義父はもともと運動は好きでないが、長時間歩くのが嫌いなわけではなく、それよりも
しんどくなるのでもう長時間歩けないこと
(初耳)

・そのせいか仕事を辞めたここ数年で急激に不健康な体型になり、
夫はとても心配していること
(初耳)

・義父本人にも言っているが改善してないこと
(初耳)

・病気で倒れた当初はどこまで回復するかわからず
最悪の場合家がエレベーターなしの3階だったため、転居しないといけないかもの心配もあったこと
(初耳)

・義父が病気の時、バイトはしていたが家計を助けるなどしていなかったため、今恩返しがしたいこと
(わからんでもないが、大変な時に土日母親に代わってお見舞い行くとかできたこといっぱいあるやろ~若くて気がつかないにしても…
まあ気がつかなかったんだね男の子だし…
私は祖母が認知症って言葉できる前に認知症なった時、母が寝てからベッドから落ちてたら戻したりしてたけどね?!中学の時な?!男女差か?
とりあえず初耳)


初耳いっぱいすぎて
「あのね、言わなきゃわかんないからね…?
知らないことは察しようがないからね?」
と返すことから始めました。

そしたら
「男はそんなにベラベラしゃべらん」
とのこと(苦笑)

それは困る
言わないとわからない
わからないと察せない
でないとまた喧嘩せんならん

と説き伏せ、
一応これからは話してくれると約束しました

あとぎゃんぎゃん怒らず冷静に話すよう努めることも

私はしてた!みたいに言うのなんですが
怒るだけじゃなく何が嫌でどうして欲しいか、
どういうことはやめて欲しいかとか
私が怒った時は、理解できるよう紙に書いて整理して見せたりしてたんですよ

そういう風にしてほしいと。



男の人を上手に乗せて手のひらで転がしてなんぼやって母に言われ
今回の喧嘩の話したらあんたは下手くそだねって呆れられそうですが

まあ一応解決。
言ったこと今後してくれたら
無駄な喧嘩もせずに済むでしょう!

ま、そもそも姑が息子頼りをもー少し離してくれたら
もしくは1人でなんでもしてくれたら…
それは無理か

もうちょっと離れてくれたらな~
いいんだけど!!