―――蝉の啼く声がこだまする。
葵はいつものように大きな髪飾りをつける。ふと時計に目をやると 午前8時をさしていた。
「・・・・・!!」
今日は親友と映画を見に行く約束をしている。葵は鞄と腕時計をつかみ、家を飛び出した。
コンクリートの道は 昨日の雨で湿っている。昨日の風雨はひどかった。幸運にも 今日は梅雨も明け、雲1つない快晴だ。葵はバスに乗り込んだ。ギリギリセーフといったところだ。映画館近くのバス停までは2時間ほどかかる。さて、何をしようか。何気なく覗き込んだ窓の外には まだ蒼くて若いヒマワリが畑一面に植わっている。
「10年前のあのときも こんな天気だったな・・・。」
葵は昔の出来事を思い出した。
広い広い公園の畑に 何百本という数のヒマワリが咲いている。空には雲1つなく どこか悲しげなくすんだ青色が広がっていた。遠くから誰かが私に駆け寄ってくるのが見えた。
「あおい! 何やってんだよ。」
耳元で 陽祐の声が聞こえた。透き通った無邪気な子供の声。私はこの声が好きだった。
「みんなで探したんだぞ。 ・・・何かあったの?」
ぐずついている私に そっと近寄ってきて ささやいてくれた。両親が喧嘩して とうとう離婚まで話が進んだ。いくら幼いとはいえ、5歳にもなれば 大体の状況は判断できる。ただ、詳しいことは理解できない。今後の生活に何か支障が起きることは 幼かった私でも勘付いていたのかもしれない。
「・・・あおい。帰ろう?」
私は首をふる。帰りたくない。帰ったらまた お父さんとお母さんが喧嘩する。そんなの見たくない。
「ここでまってて。」
陽祐はそう言うと どこかへ走り去っていった。「まって!」という声が出ない。「1人にしないで!」そんなの言えなかった。私はまた ぐずりはじめた。
5分たった。10分たった。5歳の私には たったの3分が長く感じられた。陽祐は3分後に戻ってきた。
「ほら!ヒマワリ。――・・・また泣いてたの?」
違う。これは 陽祐が急にいなくなったから・・・。しかも 戻ってきてくれたから・・・。寂しかったし、嬉しいし。もう、どっちでもいいやって思う自分がいた。
「泣くなよ。大丈夫だからさ。おれ、ずっと あおいの味方だから。」
そう言って1輪のヒマワリを渡してくれた。大きくて きれいな黄色で 陽祐みたいだと思った。
私が落ち着いたのを確認して、彼は私をブランコに誘った。ゆらゆらと優しく揺れるブランコにさえ、陽祐の存在の大きさを感じさせられた。陽祐は急に立ち上がり、私の髪をいじりはじめた。
「・・・何するの?」
「へへ。お楽しみ。」
ヘアゴムのような・・・。いや、ピン止め?とにかく、髪につけるものに間違いないと感じた。
「はい、できた。」
もらった1輪のヒマワリと同じくらの大きさの髪飾りだ。
「・・・どこで買ったの?」
「んー、ひみつ。大きくなったら教えるよ。」
私はこの日からヒマワリの花が好きになった。そしてこの日から毎日、もらった髪飾りを 肌身はなさずもっている。そしていつのまにか、『向日葵ちゃん』なんて呼ばれるようになったのだ。
次のバス停で最終だ。葵は手鏡を覗き込み 髪飾りのズレを修正した。
「・・・これでよし、と。」
太陽の光でキラキラ光る ラメがキレイだ。私はバスを降りて、映画館に向かった。




