lily

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my sweet

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ペタンコの靴はラクチンだけど

私が本当に好きなのは

勝ち誇ったようなピンヒールなのです。

装飾の過剰なヒールのお靴なのです。

私が今それを履かないのはだって

あの家から駅へと向かう坂道の傾斜と

きっと手の平に転がるように求められる可愛らしさ。

そんなものの為であるのです。

切り落としたヒールはぽきりぽきりと積み重なって

それはへし折られた自意識と重なります。

憤りと悲しみと悔しさと沸々と湧き上がる温度のそれを

飲み込んで宥めて収まる薄皮の中の温かさ。

身動きをすれば破れそうなその薄皮の中で息を殺す幸せ。

必死に縋る自分を冷静に見つめる自分が欲するものは一体何なのか

優越感なのか自虐からの自己愛なのか安心感なのか

きっときっと本当はその全ての融合で

みっちりとがんじがらめになった自分のその歪んだフォルムを見せつける

その為だけであるのかもしれない。

そうか。

勝ち誇ったようなピンヒールと同じなのか。


私は何がしたいのでしょう。

分かりません。

なにひとつなにひとつ。

ただひとつ分かりそうな気がするのは

堰を切りそうな血液の温度。

今朝というか昼。
目覚めた私が最初に思ったのは
私たちは脳髄を懐胎することが出来るのである、ということ。
やっぱり私は、脳髄こそが物を思うと思うのだけれども
私たちの胎内で、私たち以外の脳髄が、私たちとは違うものを思う。
私たちの中に存在する私たち以外の脳髄、その存在。
なんだかそう思って目が覚めた。

JUPITERを聴いています。
聴いているのです。
今から優しくなれたって、これまで優しくなれなかった分は、ねえ決して取り返せないのでしょう?
あと何回顔を合わせられるのだろうか?
あと何回声を交わせるのだろうか?
そう思ったら居ても立っても居られない。
余命、というものがあって初めてその関わりを大事に出来るのであるならば
けれど、私たちはいつかは死んでしまうのに
どうしてだって日頃は大事に出来ないのだろう。

私の脳髄は
あなたの胎内で生まれたのに
なんであなたと離れてしまうのかなあ。
こんなに離れてしまっては
寂しいよ。寂しい。

まだ、さようなら、ではないんだから。
ねえ、お母さん。