さっき父と1時間24分19秒の電話をした。今年初めての電話だった。

父は俺が海外留学に行ってから、次第に恨む対象に変わっていった。

 

俺が苦しいとき支えてくれなかった、ネガティブな発言が多く、俺にはいつも「元気にやってるんやな、よかった」ばかり。

元気にやってねえよ、海外で一人つらいよ、言語もできないしお金もない、本当に辛かった。

なにも分かってくれない父に、父らしくない父に怒りを覚える時も多々あった。

父といたらネガティブになる、悪影響しか受けない、一緒に過ごして髪の毛が抜けて、顔はニキビだらけになった時もあった。

 

ああ、俺は父と一緒にはいられないんだ。一緒にいたらダメなんだと思い、東京に来てからは一切の連絡を絶った。

悲しいけど、父とは分かり合えない、そんな風に思いながらの決断だった。自分の道を進むには必要なことだと、自分に言い聞かせた。

 

でも、仲良しの家族を見るたびに心が痛くなる。羨ましいと思ってしまう。自分は愛に飢えている、そう感じるようになった。

そんな日々が数年続いた。そして、植田さんと出会い、書籍「あした死ぬかもよ?」に出会った。

 

俺はよく母に「そんなこと言うなら俺を生まなかったらよかったじゃん!」と言っていた。

自分はこの両親のもとに生まれて、どこかネガティブに思っていたことがあったんだと思う。仲良く過ごせて、お金の心配もない家族が良かったと思っていた。

でも、この本の中に「スピリチュアルな世界では、子が親を選んで生まれてくると考えられることがある」と書かれていた。確かに、俺は2人を選んで生まれてきたのかもしれない、そう思った。

俺は今の自分が大好きだ。たくさんの困難を乗り越え、野球も海外留学も仕事も何一つ妥協することなく、必死に向き合い日々成長してこれたと思う。そんな日々を送ってきたからこその自信や勇気、未来への希望。これらは決して俺一人で得たものではない。あの二人のもとに生まれたから、今の自分を心から愛せるようになったのかもしれない、そう思えるようになった。彼らのもとに生まれたから、父がいたから俺はここまで強くなれた、成長できた、これだけは言える。

 

そして、自分は既に幸せであることに気づいた。俺はこれ以上なにも要らない。大切な人がいて、その人に会おうと思えば会える。毎日ご飯が食べれて、寝る場所がある、それだけで幸せであることに気が付いた。そしたらなんだか、この幸せをもらたしてくれた父に「ありがとう」と伝えられるうちに伝えなきゃ!と思った。「ありがとう」初めて心から伝えられたと思う。

 

父と俺がまだこの世にいるうちに、ちゃんと伝えられてよかった。俺が台湾に行く前に、一回東京に招待しようかな。

 

 

 今日はなんだかいい夢が見れそうだ。