「袖摩り合うも多少の縁」
日本人の融通性、博愛性をよく表した言葉だと思います。しかし他方では
「自分たちさえよければ他はどうなっても良い」
という集落的排他主義も根強くあるのも確かだと思います。
昨今の、あちらが物言えばこちらが叩く、こちらで火の手があがればあちらが油を注ぎに行く。このような風潮はどうしたものでしょうか。
ロックの本質は紛れも無く「反体制」であるし、まま攻撃的な部分もあります。
しかしそこには言葉によるものも含め暴力は介在していません。
なぜか?それはロック魂の根底に脈々と流れているものが「平和」だからです。
人を汚い言葉で罵ったり、人格を吐き捨てるような言動でわざと相手の感情を煽ったりとか、それがどんなに正しい主張だとしても僕には雑音にしか聞こえません。
ましてそれを「音楽」に乗せて「ラップ調」にするとか、音楽をそんなものに利用しないでほしいと思います。
ネット社会の拡充により、個々人が心に高く閉鎖的な壁を築き、その壁の覗き穴から常に外部を監視し、有事に備えている。
僕の目には現在の日本がそのように映ります。
平和を口にしながらも、もしかしたらみんなの心の中には「戦争」の火種が灯ってしまっているんじゃあないでしょうか。
そこまでではないにしても、すでに心の平和は失われていると感じてしまっているのは僕だけでしょうか。
「慈しみを以て大局を見る」
そんな余裕を僕は持っていたいと思います。