さて、気が向いたのでブログ書くよー。


提灯お化け「ちょうちんおばけ」よく絵本などに描かれている妖怪。絵本などにはほかの妖怪が手に持っていたり、宙に浮いていたりしているが、昔、現れた提灯お化けは破れた個所に目や口が現れて、しかも、羽が生えている。今までの提灯お化けより進歩していると思う。


山颪「やまおろし」顔が大根などを擂るおろし金の顔に、上半身裸の妖怪。山奥に住み、時々現れて凄まじい息を吐く。その息は人間の何万倍も強く、その息が風となり、里に送られる。また、行商人が、山で道に迷っていると、山颪が現れ、口から風を起こし、行商人を里まで送ったという話がある。


画霊「がれい」ある時、侍が、屏風を借りてきた。女が書かれたぼろぼろの屏風を。するとその晩から侍の屋敷付近に子を抱いた怪しい女が現れるようになった。ある人がその女の後をつけていくと、女は屏風の付近で消えた。もしやと思い、紙を女の頭に張り付けておくと紙をつけた女が現れたため、屏風から抜け出た女だと侍は思った。  


蓑草鞋「みのわらじ」雨の日などに着る蓑に手足が草鞋の妖怪で、農作業をするときに使う鍬「くわ」という道具を持っている。この妖怪は山の神とも伝わっており、来訪神といわれる神は必ず蓑を着用しているからか、この妖怪も神にされたのかもしれない。


払子守「ほっすもり」払子というのは、長い毛や麻を束ねて柄をつけた仏具の付喪神の妖怪である。長い毛が髪の毛に見えるため着物をまとえば人間とあまり変わりない。ある禅寺で使い古された払子が、夜になると踊りだしたという話もある。

天狗「てんぐ」山に住む妖怪で、日本中の山に住んでいると言われている。様々な超能力を使うため、山の神とも、悪い妖怪とも言われている。もともとは中国から渡ってきたとされ、中国の妖怪に羽民「イユイミン」という妖怪がいるが、これはおそらく天狗の祖先とされている。


山童「やまわろ」九州の山にいる。この妖怪は元は河童で、冬に河童が山に入るとこの妖怪になるという。飯を与えると、山仕事を手伝うので、木こりはずいぶん助かったそうだ。また、山童は夏になれば、川に入って河童に戻るという。


雷獣「らいじゅう」落雷のときに雷とともに、落ちてくるといわれている。また、普段は山の中に住んでいるといわれているが長野の方では、雷獣というのは、地中の中にいるとされ、別名千年イタチといわれている。また新潟の方に雷獣が落ちて、そのミイラが今も残っているという。


ひでり神「ひでりがみ」この妖怪が現れると、雨が降らなくなる。昔から日本全国で干ばつの被害を与えてきた犯人だ。体長が3メートルもあり大きな目は直径60センチもあるといわれている。この妖怪を濁った水の中に入れれば死ぬが、人間の手で捕まえるのはほぼ不可能である。


化け灯籠「ばけとうろう」昔、日光に参詣に来た男が、山中深く入り込んでしまった。二つに分かれている道の一方を通ってきたのであるが、戻ろうとしても道がなく、どうやら妖怪に惑わされたらしいと思い至った。このとき男は心を落ち着け、大地を踏みしめて歩いて元来た道を行くと無事、戻れたという。

今日も山の妖怪について。


呼子「よぶこ」山彦「やまびこ」ともいう。昔の人は、山で声が反響して帰ってくるのを奇妙に思い、妖怪の仕業としていた。山陰地方ではこれを呼子と言っていた。昔の人たちの頭が幼稚なわけではない。山に住む妖怪には、声を出す、つまり呼びかけてくる妖怪が実に多かったからだ。


一本ダタラ「いっぽんだたら」和歌山の紀伊半島では、雪の降った次の日、山の中には30センチもある大きな足跡があることがある。これは一つ目一本足の一本ダタラが歩いた後である。この妖怪は今でも、熊野の山中に住んでいるといわれている。


大入道「おおにゅうどう」大きなの人間の姿をした妖怪。その昔、仙台城下の西端、荒巻伊勢堂山に大入道が現れ、われ鐘のような声を出すため、とうとう藩主伊達正宗「だてまさむね」が退治に乗り出し、大入道に矢を放ち、正体を見ると子牛ほどの大川獺がすねに矢を突き刺されてうめき苦しんでいたという。


山男「やまおとこ」遠州「静岡」秋葉の山奥や遠野「岩手」の山奥などに、よく山男が現れたらしい。重い荷を持って山道を歩いていると山男が現れ、荷を担いでくれる。お礼に黄金をやろうとしても受け取らない。だが酒をやるととても喜ぶ。もちろん言葉も通じないが身振り手振りで教えるとすぐに理解するらしい。


油すまし「あぶらすまし」九州の熊本県天草の草積越「くさづみごえ」という山道に現れた妖怪。明治になって昔の事だからもういないだろうと思って、孫を連れたおばあさんがこの山道に差し掛かった時、「昔ここらに油すましという妖怪が出たそうだ」というと「今でもいるぞ」と油すましがでできたという。

今日は山の妖怪について。


山爺「やまじじい」高知県の山中に生息しているといわれている妖怪。一つ目、一本足で箕を着ている。人間でいえば70歳ぐらいの老人に見える。ただ口だけは凄まじく強く、猿の頭など、大根のようにかじってしまうため、オオカミでさえ山爺を恐れたという。


後追い小僧「あとおいこぞう」神奈川県の丹沢東部山中に入ると、何者かが後をつけているような感じになる。これは山霊あるいは後追い小僧の仕業であるという。何度も姿を現す場合、岩や切り株の上に、握り飯や干し柿、飴玉、サツマイモなどを置いてくるといいそうだ。もしくは山中で亡くなった子供の霊であるために遊んでもらいたくて現れるのかもしれない。


百々爺「ももんじい」一説にはムササビであるといわれている。普段は山中にいて、夜になると村の辻や町角に出てきて、出会った人の後をつけますという妖怪。今でいうストーカーでもある。また、旅人がこれに出会うと必ず病気になるという。


キジムナー 沖縄の妖怪で古びたガジュマルのこの精霊である。赤ん坊ほどの大きさで全身が毛におおわれている。魚やカニを好むが魚は片目だけくりぬいて食べる。また、旧暦八月十日は妖怪日と言ってすべての妖怪が現れる日とされているが、キジムナーはよく火を出すためこの火を見るため見物に出る人も多いという。


古杣「ふるそま」高知県の山中では「そりゃゆくぞ、ゆくぞ。退いちょれよーっ」という、姿は見えないが、木こりの声が聞こえることがあり、やがて大木が倒れる音がするがその場所に行ってもなにもない。これは仕事中に命を落とした木こりの霊であるという。

今日も水辺の妖怪について。


ガラッパ 奄美大島などに生息していると伝えられ、長身で手足が長い。また本州や四国、九州の河童に比べ、妖力が非常に高い。山で道に迷ったり、木の枝に頭をぶつけたり、変な音が聞こえてくるといった現象はすべてガラッパが関係している。


手長婆「てながばばあ」茨城や千葉の池や沼に現れる。白髪の恐ろしい老婆であると考えられているがいつも水底に棲んでおり、長い手だけを出すので、本当の姿はわからない。実は水辺で遊んでいる子供を「引きずり込むぞ」と脅かしたり説教したりする。まるで母親みたいな妖怪だ


ミンツチ 北海道にも河童はいる。日高地方でミンツチに出会った人によると、12歳の子供くらいで緑色の肌をしていて、おかっぱ頭ではあるが水の入った皿は見あたらなかったという。またミンツチは魚族を支配していて、大漁を恵んでくれたかと思うと、まったく魚がかからないようにするという。かなり気まぐれである。


川赤子「かわあかご」沼のほうから赤ん坊の声が聞こえてくる。溺れているのではと助けようと声のするほうへ急ぐと、今度は反対から声が聞こえてくる。反対方向へ行くと今度は元の場所から声が聞こえてくる。そして走り回った挙句、足を踏み外して沼へ落ちてしまうという人騒がせなやつだ。


小豆婆「あずきばばあ」水辺の近くの祠に棲み、小豆を洗う。小豆洗いの女性版だが小豆洗いは脅かす程度だが、小豆婆は子供をとって食べてしまう。小豆の音は子供をおびき寄せるためなのである。東京や神奈川に出たと噂され、子供のいたずらがすぎると「小豆婆が来るぞ」と脅かすという。


今度は海の妖怪について説明します。

今日も水辺の妖怪について


水虎「すいこ」河童の中でも体格が大きく、しかも人の目になかなか触れない。九州の筑後川や滋賀の琵琶湖などにいるといわれ夜更けに戸を叩いていたずらしたり、人に憑りついたりする。水虎を避けるには戸口に鎌をかけておくといい。


川猿「かわざる」川猿は体中に魚の臭気があり、弱点の股と目を攻撃すると大いに弱るという。組み合ったときは体中の皮膚や肉をかき破られ、重傷を負う。性質は臆病であるが、自分を助けてくれた人の顔は忘れないという。河童に見えるが酒好きなところを見ると川獺に近いのかもしれない。


小豆洗い「あずきあらい」言わずと知れた妖怪。小豆とぎともいい、ショキショキと川のほとりで小豆を研ぐような音をさせ、全国各地に現れた。東北に現れた小豆洗いは貧乏な百姓の嫁取りのときに現れた。食物のない時期だったので赤飯も炊けず、情けなく思ってたところ、台所に山のような赤飯がおいてあった。小豆洗いが置いていったのだろうと、一同喜んだという。


濡れ女「ぬれおんな」姿は蛇のようで尻尾は327メートルも伸びて濡れ女に見つかったら最後、どんなに逃げても必ず巻き戻されるという。越後と会津の境をなしていた川に生息して、柳の枝を切っている人が濡れ女を見つけて、必死の思いで村へ戻った話がある。


一目入道「いちもくにゅうどう」佐渡で最も大きい加茂湖に住んでいて、頭の上にただ一つ大きな目があるという。昔、いたずらしようとしたところ失敗して、捕まるが毎晩一貫の鮮魚を瑠璃にかけておくと約束し、ようやく許されたという。

今日は川や沼などの水辺の妖怪について。


蟹坊主「かにぼうず」2000年以上生きた蟹が化けた妖怪。大蟹、蟹の化け物とも呼ばれ、寺の伝説や昔話として各地に伝わっている。大体の筋はこうだ。無人の寺に旅の僧が泊まった。夜もふけたころ、大坊主が現れる。旅の和尚が大坊主を倒すとそれは年を取った蟹だったという。


川獺「かわうそ」昔から川獺は化けると信じられ、柳田国男の「妖怪談義」にも石川の川獺は二十歳前後の娘や、碁盤縞の着物を着た子供に化けて酒を買いに行くという。また、宮城の仙台城下に山よりも大きい大入道に化けて、夜な夜な騒ぎになったという。城主の伊達正宗が退治したところ、子牛ほどもあったという。


岩魚坊主「いわなぼうず」岐阜県の付知、加子母などの村々ではかつて毒もみといって山椒の皮汁を流して川の魚類をとる漁法があった。あるとき男たちが漁を終え、食事をしていると坊主が現れ毒もみをやめろという、男たちは食事をさせ追い返した。再び毒もみをすると人間ほどもある大岩魚が浮かんできた。男たちは喜んで腹を裂くとさっき坊主に食べさせた団子や飯が出てきたという。


赤舌「あかした」名の通り真っ赤な舌を出して現れる妖怪。江戸時代に鳥山石燕の「画図百鬼夜行」に描いた妖怪でもあって、そこには水が流れる水門の上で、大きな口をあけていて、舌を出した姿が描かれている。赤舌は田んぼのもめ事を解決してくれる神でもある。


沼御前「ぬまごぜん」福島県会津地方の沼沢湖に現れた妖怪。とても美しい女性の妖怪で。腰まで水がつかっており、佇んでいる。ただ髪の毛が六メートルもあるので、すぐにこの世のものではないと気づく。また、沼御前は一説によると沼の主ではないかといわれている。

今日も家に現れる妖怪について


箒神「ほうきがみ」箒はごみを掃き出す道具だが、こいつは付喪神ではない。長居する客を追い出したいとき箒を逆さに立てておくという呪いがあるが、同じ意味で出産を軽くしたいという願うとき産室の片隅に置いておくとがある。つまり箒神は出産の神である。また妊婦が箒をまたぐと難産するといういわれる地方もある。


垢嘗め「あかなめ」この妖怪、風呂場の垢をなめるというとても汚い妖怪。垢をなめる以外は何もしないが妖怪が家の中に入ってくることは、あまり気持ちのいいものではない。だから垢嘗めが来ないように風呂桶などを念を入れて洗う。垢嘗めはいわば教訓的な妖怪である。


小袖の手「こそでのて」慶長「1596-1615」のころ京都に松屋七左衛門という町人が古着屋から肝の買ってきて、娘にあげたがその着物を着てから病にかかった。箪笥の中にしまい、しばらくして売り払おうとしたところ着物の袖から青白い手が出てきて家族は大騒ぎしたという。


逆柱「さかばしら」逆柱とはふつうの柱とは逆に木の根の方を上にして立てた柱のことだ。家を建てるとき、柱をさかさまにして使うとその柱が妖怪化してその家にさまざまな不幸があるという。


塗仏「ぬりぼとけ」昔は、どこの家でも仏壇を大切にしていた。だが仏壇を大切にせず、手入れもろくにしないと塗仏が仏壇の中から現れ、自ら仏壇の手入れをする。姿は目が飛び出ていて舌を出していて、この顔を見ろというかのように自分の方に指を向けている。

今日も家などに現れる妖怪について。


枕返し「まくらがえし」別名、反枕「はんまくら」、枕小僧「まくらこぞう」ともいう。この妖怪は鬼や美しい女性、子供などさまざまな姿で現れることから人の幽霊ではないかではないかといわれる。また天竜川の下流の家に現れる座敷坊主「ざしきぼうず」や岩手の座敷童子も同じようなことをする。


火間虫入道「ひまむしにゅうどう」のらくらと怠けてばかりいた人が死ぬと火間虫入道になるという。縁の下から現れ舌で徹夜をしているのそばにある行燈の火を消すという性質の悪い妖怪である。江戸時代にはへマムシ入道という妖怪がいるが、これは火間虫入道が訛ってできた妖怪である。


白うねり「しろうねり」鳥山石燕の「画図百鬼徒然袋」に描かれている雑巾の付喪神の妖怪。この妖怪雑巾なためにとても臭い。辺りを通ると悪臭がして気持ち悪くなってくるという。それに加え、夜になると空を飛んで人の口や鼻などを塞いで窒息させる。


黒坊主「くろぼうず」東北地方によくいるとされる妖怪。深夜、人の寝息を吸う。これにやられると、かなり悪い夢を見る。さらに口を嘗めるというから気持ち悪い。この妖怪の姿は黒い霧のような姿をしているらしい。体が弱い人などが狙われやすい。


精螻蛄「しょうけら」家の屋根に現れる妖怪。鬼の仲間に数えられている。ミシミシと音をたてて歩き回ったり、天窓からじーっと部屋をのぞいたりしている。捕まえようと屋根に上ろうとすると、はしごを切ったりして邪魔をする。屋根瓦を新しいものに変えると現れなくなる。

今日は家などに現れる妖怪について。


目目連「もくもくれん」廃屋などの障子に映し出される無数の目の妖怪。昔、江戸の材木商、半沢屋吾助が津軽に材木を買いに行った際、旅籠に泊まるのはもったいないと空き家に泊まった。すると障子に無数の目が現れた。吾助はどなったが答えなくて、目を一つ一つ袋に入れ、眼科医に売り払ったという。おもしろい話だ。         


二口女「ふたくちおんな」一般に、継子を憎み食物を与えずに殺した時、継子の恨みが残り、何らかの形で事故にあうとその傷は治らず、やがて口の形になるという。この妖怪は、竹原春泉著「桃山人夜話絵本百物語」にも描かれている。                           


天井嘗め「てんじょうなめ」人のいない屋敷や堂に出現し、長い舌で天井を嘗める。そして汚す。長いのは舌だけでなく背丈もそうで、おまけに痩せている。しかも長い舌で天井を嘗めるとシミになってしまうという。昔、群馬に天井嘗めをつかまえたという話を聞く。


うわん 古い屋敷のへいに現れる妖怪。昔の古書を見ても、大男のような姿で描かれていることが多い。この妖怪はうわんと大声で叫ぶ。いきなり叫ぶからこちらもびっくりするが、それ以上の悪さはしないようだ。  


化け草履「ばけぞうり」古くなってあまり履かなくなったり乱暴に扱ったりすると現れる草履が化けた付喪神の妖怪。時々家具を宙に浮かしたりするが、何が起きても平気な顔をしているとがっかりして勝手にどこかへ消えてしまうという。