リコリンのブログ

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ユノペンです
ユノへの愛を叫びたいです❤
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姉と電話で話していて、パソコンのヤフーニュースの画面に

”安倍元総理、銃のようなもので襲撃され、心肺停止"の文字を見つけた、7月8日正午をもうすぐ待とうとしている時刻だった。

ひと言ひと言、安倍元総理、安倍さんなんだね、銃のようなもので襲撃され、撃たれたのか、姉と確認しながら、でも、最後の”心肺停止”だけが、確認しても確認しても、受け入れがたかった。

 

まさか。

だれが襲撃したのか。

 

こんなことが起こるのどうだろうか?

いや、私も姉も、そんなことをちょうど4カ月前に経験しているから。当然、姉は当事者だけれど、わたしにも衝撃的な

、義兄が突然亡くなるという事実。もちろん、日本を背負った安倍氏が他者に命を奪われたのだから違ってはいるのだけれど、

大切な命が突然消えるということは同じなのです。

 

ラインで、成人した子供たちが仕事の合間に、語り合っていました。安倍さんが撃たれた。なんてことが起きた!だれがやったんだ?若い子たちにも衝撃は大きかった。

ニュースを見るたびに、悲しくて仕方ないよと、離れて1人暮らしの娘がつぶやいた。

しばらく、ニュースは見ないで眠った方がほうがいいよと、答えた。

 

翌朝、「母は安倍派だったから、悲しい」と記すと、娘が「知ってる」と答えてきた。

 

姉は友人たちと、数年前に、京都旅行をした帰りの新幹線に、昭恵さんが同乗されていたのか、ホームで遭遇したらしく、SPさんに囲まれていた昭恵さんに、話しかけたことがあるという。スーツがよく似合うトップレディに、「応援しています」だの、「実物の方が綺麗ですね」だの、失礼なことも言いながらの女性グループに、昭恵さんはSPも交えて気軽に会話してくれたという。

 

幸せだった一コマです。その女性グループのお友達4人のうち、ひとりはその後癌を発症しなくなり、ひとりは心臓発作でなくなり、姉は今年春夫を海難事故で失い、安倍明恵さんはご主人を襲撃された。

それぞれの人生、衝撃を伴っています。

 

私の子は、安倍氏に、ちょうど第一次安倍内閣と第二次安倍内閣の間の時期に、握手してもらっていました。

 

昨年10月、安倍氏の応援演説を聞きにいきました。

 

あれほどたくさんの日本国のために仕事をしながらも、日本国民のどれほどからかは、わからないけれど、嫌なことを言われて、

酷かったと思います。

 

しかし安倍氏の演説には多くの人が集まりました。酷く言う人もいたけれど、強く支持していた人もそれ以上だったはずです。

だから、演説会場はいっぱいの人だった。

日本に居なくてはならない政治家だったことを認めている人が実はほとんどだったのに、メディアが事実を真に伝えていたのか、あらゆる攻撃対象にしたことは、日本人は覚えていなければいけないことだと思う。

日本のために、命を懸けた政治家だったこと、これからたくさんの日本人が、特に若い人々が、受けついでくれることを祈りたいです。それが、安倍氏の命を絶たれた意味だと思いたい。未来を見失いそうな日本人に、どう生きてゆけばいいのか、失敗をおそれず、失敗から立ち上がり、やりたいことは可能性を信じ、権力やお金だけを欲しがらず、何かのために生き抜くこと…。安倍氏の命が日本の力に受け継がれることを祈りたいです。

 

安倍派だった自分。特定の人にこれまで「アベ」と呼び捨てにされることに、何度も憤りました。

もう、誰も呼び捨てにはしないでしょう。

 

遺志を引き継いでいかれる政治家を応援したいとおもいます。

 

安倍晋三さん、日本のためにたくさん働いてくれてありがとうございます。

ご冥福をお祈りいたします。