※過去の事を思い出しながら書いています。
    
自分の記憶のため、そしてこの世に生まれる事のできなかった孝くんのため。




いよいよ入院の日がやってきた。
大学病院での診察も入院するのも今回が生まれて始めて。

入院の手引きを見ながら必要な物を揃える。
私の赤ちゃんはこの世で生きる事はできないけれど、他の妊婦さんと同じように分娩台で出産するのだから、当然揃えるものも同じ。
なんだか虚しくなった。

入院はお昼過ぎからで、特殊な物は病院の売店でも買えるとの事だったので、下着や洗面用具などを揃えて旅行用のバッグに詰め込む。
これが普通の出産ならワクワクドキドキなんだろうけど、私には辛い作業でしかなかった。

一通りの準備を終えて、ふとカバンに付いたマタニティーマークが目に入った。

私にはもう必要ないね…。

ため息をつきながらそっと外した。私みたいな人はこれどうしてるのかな?
そう思いながらとりあえず引き出しに隠した。


自分で決めたことだから後悔はしない。
そう自分に言い続けてきたけれど、いざ当日になると、この決断が本当に良かったのか不安にった。
まだ間に合う。
でもどうにもならないのだから、仕方がないのだと言い聞かせた。

病院への道すがら、ふと目に入ったマタニティマーク。
つい1週間前までは私もあっち側に居たのに、今はもうそこから弾き出されてしまった。母親へのレールから離脱するのだ。
辛い時に座った優先席も、今は近づく事すら許されないような気がした。


病院に到着し、入院の手続きを済ませる。
渡された入院書類には病名の所に『19週中期中絶』と書いてあった。これを見た病院のスタッフは私の事をどう思っただろう。

たったこの短い言葉で示された私と赤ちゃん。
間違いではないけれど、でもやっぱり間違ってるような気がした。
『赤ちゃんが治らない病気のため、苦渋の決断をしてやむ終えず中絶を希望』
みたいな言葉が書いてあればよかったのに…。

産婦人科病棟へ案内され、そこで入院の説明や処置の流れについての説明を受ける。その後助産師さんとの面談があった。
私の状況を悟ってのことだと思うけれど、助産師さんの哀れむような優しい話し方や「大丈夫?辛いでしょうね」「あなたの決断は間違っていませんよ」などの言葉が私を余計に辛くさせる。

しっかりと納得した上で、今回の処置を希望したのだけれど、やっぱり赤ちゃんを諦める事を思うと自然と涙がこみ上げてきた。


病室は6人部屋にした。
個室も勧められたけれど、金額を考えて断念。
周りの人とはカーテンで仕切られているため、どんな方が居るのかは分からなかった。
幸い赤ちゃんの泣き声はこの部屋からは聞こえない。
少しほっとする。

しばらくして採血とエコー検査のため処置室に呼ばれた。
サクッと採血を終え、再度エコー検査をするここで意外な事実を目の当たりにする事となった。


長くなるので一旦終わります。