粋とは。思い出すのが、おばあちゃん。体調が悪くても周囲の混乱・迷惑を考えてギリギリまで周りに打ち明けない。打ち明けた時は救急車。入院中、お見舞いに行ってもベッドに横になってない。ベット上で座ってる。いつ行っても。付き添ってる叔母さんに聞いた、寝てるとこ見せたくないのだと。それ聞いた俺、大学当時でカッコいいなあと思った。岩手県の県民性、南部の人。おばあちゃんみたいにありたいな。今度お墓行きます。

外に出るときはたいてい音楽を聴いてる。

平日は通勤時、休日は外出時にiPodでたいてい音楽を聴いてる。


聴き方は、今日はコレ聴きたい!というときはコレを聴いて、コレが入ってるアルバムの続きをそのまま聴くパターンと今日はコレといったものが無いなぁ~というときはiPodのシャッフル機能で出てきたものを出てきたまま聴くパターンの二つ。


今日は後者だったんで駅のホームでシャッフルスタートさせたら、一発目がMr.Childrenの「innocent world」だった。


な つ か し ぃ ~


この曲が世に出たときオレは中学だったが、よく聴いたのは大学のときだった。

中学高校はオレにとって文明開化ならぬ音楽開花の時代で、ロック・パンクが攻勢を極めた。ストーンズ、ピストルズ最高!ブルーハーツ(とハイロウズ)以外の邦楽はありえない!くらいの勢いだったんで、ミスチルは、あーそうですか。。。くらいで気にも留めなかった。


そんなオレがミスチルを聴き始めたきっかけはカラオケである。

大学でカラオケに行く機会が劇的に増えた。上記の通りのオレは引き出しは少ないし、出した物はみんな知らないしでカラオケが苦痛だった。打開のためオレはTSUTAYAに走った。とりあえず、ミスチルのベスト2枚(1992-1995と1996-2000)を借りて、現状の打破を試みた。

オレは負けたのである。

当時、定期購読していた音楽雑誌風に言えば、メインストリームに屈したのである。


なので、歌詞の内容なんて右から左だったんだが、こうして今聴くといいじゃないかミスチル!

「様々な角度から 物事を見ていたら自分を見失ってた」

→分かるなぁ…

なんだか良い気分になって『雨のち晴れ』を選曲

「いっそ可憐に咲き誇ろうかと思うよ」

→このフレーズ、オレには出せない。スゲー


こういう言葉(フレーズ)が出てくるのは、その人に大きなバックボーンがあるからだと思う。おそらく万人が同じ思いを持っていると思うが、言葉に出来る・出来ないは大きいように思う。

いろんな経験に裏打ちされた確たるものがあるからこそ出てくるのであろう。その絞り出された言葉から聴き手がその人の背景を想像、或いは自分の過去を回想するのである。大吟醸のように磨きに磨きぬかれたものだけが共感を呼ぶのである。


この歌を作った当時は今のオレくらいの歳ではないだろうか。


そう思ったら急に落込んだ。と同時に嫉妬が芽生えた。

揺れる阪急電車の車窓からのぞく淀川を見ながら、これから何をすれば追いつけるかなと考えた。

答えは出ない。梅田に着いてタイムアップ。


おそらくコレ!といった明確なものは無いのだろう。無いのは分かっちゃいるけど…ってやつである。

コレ!がバシッと出ないあたりから少なくともオレに才能が無いのは明確なので、何をするにもオレは努力が必要だー



今読んでる本:犬村小六「とある飛行士への追憶」

今よく聞く音楽:「一万人の第九バスパート」



この間、西武ライオンズの菊池雄星が勝った。5回0/3の94球のプロ初勝利。

うれしい!ホントうれしい。その日は寮に帰ってyoutubeで全投球見てやった。しかも2回。飽きない。繰り返し見ても全く飽きない。前田さんの2000本安打達成インタビューと同じレベルだ。


オレは2年前の春夏の甲子園のときから菊池雄星のファンだ。高校生離れしたピッチングはもちろんだが、己の能力におごることのない素朴な性格と、その性格に相反することが無いであろう謙虚さが多くの人と同様にオレの心を打った。


そして彼は常に言う。「岩手のために」と。高校時代、プロ入団、初登板初先発のときもいつもだ。

南部の侍はどんなときも郷土を思うのである。何を隠そうオレがそうだ。実はココが一番好きで、ファンになった理由はコレかも知れない。


南部の侍が初勝利を挙げたのは大阪の京セラドーム。奇しくもオレが今いるとこからJRと阪神で30分程度だ。正直、思い込みであるのは百も承知だが、オレも南部の者として縁を感じずにいられなかった。南部の地で生まれた者が遠い上方の地で、形は違えど奮戦奮闘しているのである。オレも負けてられんなと素直に思った。


南部のオレが上方に来て1ヶ月が経った。仕事もプライベートも慣れないせいで苦労は多い。オレは新たな環境への適応に時間が掛かるタイプで、環境が変わると非常にストレスを感じるのであるが、いつの時代も寡黙に耐えてきた。目の前のものを黙々とこなして自分のものにしてきた。うちの祖母ちゃん、父ちゃん、母ちゃんも同じだ。南部の気質なのである。今回もそれでいこう。


浅田次郎の小説である壬生義士伝の中で、主人公の吉村貫一郎が教え子たちに「南部の桜は石を割って咲く。北に向かって咲く。お前たちも見習え」という旨の言葉を今思い出した。「意思の強さ、力強さを兼ね備えなさい」というものと解釈する。今のオレにはなかなか響く。



今読んでる本:北村薫「飲めば都」

今よく聞く音楽:怒髪天「ニッポン・ラブ・ファイターズ」


今朝、めったに開くことのない部屋のカーテンを開けてみた。休みだし、何かスゲー天気良さそうだし、部屋干しの洗濯物を早く乾かしたかったしで、開けてみた。勢いよく。ガーっと。


部屋中が光で満たされる。黒が白になり、一気に明るくなる。


するとどうだろう。オレの気持ちまで明るくなった。今週、仕事で大失敗を犯し、新人のときを思い出すくらい怒られて、あぁ、オレはこの仕事向いてないなぁ。。。まで落込み、暗かったものが、何か今日はいいことがあるんじゃないか!まで明るくなった。この心象を、はたから見れば単純であるが、当の本人はカーテンを開けるまで気持ちが変わることを知らなかったわけで、心理学的にアプローチすると、実は結構深いんじゃないか?とムダに考察する。その後、小さい頃からよく聞かされてきた父ちゃんの言葉を思い出し、その意味を体感する。「暗いとこでモノを考えるな」


明るくなった部屋を見渡すとダンボールやら、床に直置きのテレビ、冷蔵庫やらで散らかりに散らかっている。これら全てを2週間弱でまとめて、運びださなきゃならんのかと思うと、少々気が滅入る。約7年かけて溜まったアカを落とすのはなかなか骨が折れそうだ。発つ鳥後を濁さずを目指そう。


引越しはここ数年常に頭にあった。実際過去に不動産屋をまわって部屋をいくつか見に行った事もある。だが、ピンと来るものが全く無かった。別に、広くなきゃヤダとか、あれこれ付いてなきゃヤダとか高望みしているわけではない。オレは自分の直感に従順なのだ。迷ったらやらない。そんなオレの引越し先の決定は、予想に反し、流れるようであった。あらかじめ決まっていたかのように。導かれるように。


始まりは行き付けバーでの会話だった。マスターとの会話でオレの引越しの話になり、どこか良いとこないですかねぇ~なんて言っていたら、横からバイトの子が「○○地区がいいですよ。イオンタウンもあるし」の一言。駅より東側(○○地区があるとこ)は考えてなかったなぁ。あれ、そういや○○地区なら会社に歩いて行ける距離か!なんて会話をしつつ、今度の休みに○○地区を歩いてみようと考えていた。


休みの日、イオンタウンに車を置いて○○地区を実際に歩いてみた。閑静な住宅街で落ち着いていいなぁと思いながら時間を掛けて見て回った。良さ気なアパートは既に満室であった。そりゃそうだよな。ここいら住みやすそうだもんな…。失意を胸に車を走らせる。すると、車窓から一瞬、ホントわずかの間に鉄パイプの足場に囲まれた建築中のアパートが垣間見えた。急いでUターンし、標的を見失うことの無いよう小道を縫って行く。現場に着くと職人さんが作業中で、完成間近の雰囲気だ。立て掛けてあった看板を見ると、積水ハウスの文字。至極最近、実家の建て替えを行った父ちゃんの言葉を思い出す。「予算が足りなくて出来なかったが、ホントは積水ハウスに頼みたかった。積水ハウスの建物が一番いい」。あれ、これアパート良さ気じゃね!?


家に帰ってネットで検索。あった、いくつか空いてる。積水ハウスのシャーメゾンってやつだ。新築、オール電化で全室南向きか。申し分は無いが、気になることが二つあった。家賃と間取りである。アパート暮らしは学生以来ということで、オレのアパート選びは学生レベルである。家賃は片手で数えることが出来、間取りは1Kが基準である。それからすると、この物件はオレに相応でないのでは???意見を聞きたいときは親友である。親友に相談した。親友曰く、「オレ等の年代で1Kは無い。最低1LDK。家賃も妥当」。効いた…。会心の一撃。オレの基準は宇宙まで飛ばされた。恥ずかしながら自分の年齢を考慮していなかった。学生時分と違い、今は社会的に独立し、それなりな収入もある。世間体もあるだろう。親友との電話を切ったときにはもう決めていた。これにしよっと!!


休みの日、目的のアパートの話を聞くために不動産屋へ。話を聞くと、「A棟、B棟合わせて12部屋あるうち、決まっているのは一つだけです。残り11部屋から好きなところを選んで頂いて結構ですよ」とのこと。ネットで公開してたのがいくつかしかなく、選べないんだろうなぁ~と思っていたので、テンションが上がる。実際に見せてもらうと、新築だけあってきれいで文句が無い。一番いいとこはやはり取られていたので、二番目にいいところ確保し、仮契約した。


そして、今日これらか本契約。これからいろいろ忙しくなりそうだ!



今読んでる本:誉田哲也「ソウルケイジ」

今よく聞く音楽:ROVO「RAVO」


 先週末、高校時代の友と飲んだ。

 友は俗に言う転勤族で各地を回っているのだが、偶然オレの住む街の近くが現場となり、引越して来た。久々の再会である。友は息子を抱えながら出迎えてくれた。前回会ったとき、生まれた直後だった友の息子は今年で3歳になるという。


 会場は友の自宅である。飲み物担当はオレのため、飲み物を車から会場へ運び入れる。その際、息子の飲み物は?の友の一言でオレは固まった。買出しの際、普段見ることのない焼酎がお一人様一本限定で並んでいたのを発見して、やはり今日という日は運命、天命、使命があって、必然だったのだ!と一人有頂天になっていた自分を恥じた。


 友の息子への100%ジュースを忘れてしまった。


 …


 今週末、実家で母ちゃんと飲んだ。

 退院後、初めて対面する母ちゃんは、先月のお盆に会っているのだが、何か久しぶりのような感じがした。なぜなら雰囲気が普段と違い、やわらかいのだ。発する言葉の端々や会話中の沈黙なんかにそれが感じ取れる。あの母ちゃんが歳を取り、丸くなっていくことを実感する。嬉しいような、悲しいようなである。


 母ちゃんは厳しい人だった。小さかったオレは母ちゃんの法律を犯すたびに烈火のごとく叱られた。外に放り出されて、家に入れてもらえないなんて事も何度もある。そんな母ちゃんの法律の一つに、ジュースが飲めるのは土日のどちらかだけというものがあった。土曜に飲んだら日曜はダメで、逆もまた然り。平日に至っては飲んではいけないという子供にとっては非常に厳しいものである。


 ジュースが飲みたいオレは父ちゃんにねだる。母ちゃんのいないところで。幼心にも露骨にジュース飲みたいと言うのははばかられたので、それとなく伝える。懸命に。今思うに、なかなか切ないシーンだ。意を汲み取った父ちゃんは、酒買ってくると母ちゃんに伝え、オレを外に連れ出す。酒屋で父ちゃんがオレに買い与えてくれたのは200ml缶の小さいが、オレにとっては大きい100%ジュースだった。


 家に帰り、母ちゃんの前で100%ジュースを出す。父ちゃんが買ってくれたんだ!という体裁で。もう頭は目の前のジュースでいっぱいである。母ちゃんはお構いなしに開缶して飲み始めた。すると胸の内につかえていたストレスという黒いゴツゴツが昇華して消えた。欲求は100%ジュースを触媒に満足となった。母ちゃんを伺うと黙認である。カミナリが落ちない。この瞬間、100%ジュースはオレにとって特別なものとなった。100%ジュースは体にいいからなぁ~という、誰に当てたものでもない父ちゃんの言葉が頼もしかった。


 …


 最近、子を持つ友人が増えてきた。その友人と会うときは子供同伴のケースがほとんどである。お前もいい歳なんだから、手ぶらで友人に会いに行くなというのは母ちゃんの法律である。それに従い、子を持つ友人に会う際はお土産を持参する。お土産は決まっている。小さい子にとって特別なのである。体にいいのである。オレにとって思い入れがあるのである。


 いつの日かオレにも子供が出来るかもしれない。オレは自分の子がジュースをねだったら必ず100%ジュースを与えよう。その子が大人になって、そういやいつもだったねと言ったら、前述の件を話そう。ウザがられても説こう。俺の子供はひねくれ者のはずだから、そんなのウソだと言うだろう。そしたら横から、その通りなんだよと母ちゃんが言ってくれ。オレの話がウソにならないように。


 実現するようがんばるから、母ちゃんも体に気を付けてがんばってくれ。


今読んでる本:開高健「珠玉」

今よく聞く音楽:アンダーワールド「バーキング」