子供がまともに育つわけがないのだ。
今日、同業者と話していてふとそんな想いに駆られました。
私なんかはもうこのコロナ禍という状況にも麻痺してきてしまっていて、脳みその90%以上の部分で違うことを考えながら「早く終わらないかなぁ」などとぼんやり考えている程度ですが。
でもセンシティヴな世代はそうじゃないのだろうな、と。
しみじみ痛感しているわけです。
日々、大人とは比べ物にならないほど大きなストレスを抱えて生活しているのだと思います。
だって、連日そこかしこで大人が口汚く罵り合ってるわけですよ。
コロナ禍において、その状況に拍車がかかっているわけです。
誰を信じて良いのか分からなくなります。
かわいそうだな、とは思うけれど。
でも仕方ないよね、大人たちだって「ただ生まれてから月日が経過してしまっただけ」の人ばかりなんですもの。苦笑
「自分は大人になった」なんて自覚は幻想で、中身は割とずっと子供のままですよ。
そうじゃなきゃ国会で偉い人たちがあんな醜態を晒すわけがないでしょう。苦笑
学級会と同じレベルの醜悪な争いを60にも70にもなってずっとやってるわけです。
平常時ですらそうなのです。
ましてやこの状況下、その側面は一層クローズアップされているわけで、良い影響が反映されるわけがないのです。
そしてSNS。
著名人もあちらこちらであーでもない、こうでもないと白熱した論戦を繰り広げていて、論戦自体は良いことだと個人的には思うのですが、論戦の仕方が宜しくない。
相手を小馬鹿にするような、揶揄するような、そういったレベルの低い諍いを目の当たりにして、子供達は何を感じるのでしょうか。
(あ、ちなみに個人的には小馬鹿にするのも揶揄するのも100%悪いとは思っていなくて、例えば私の場合、師と仰ぐ相手や尊敬出来る先輩からそういう態度を取られても相手を嫌いになることはありません。
だってそういう態度を取らせてしまうくらい未熟なのは自分だから。
自分の未熟さを棚に上げて相手の態度を批判出来るほど驕り高ぶってはいないわけです。
でもSNS上においては、論戦相手は自分と上下関係が構築されていない相手である場合が多い。その場合、立場は対等ですから、いかに相手の論説が未熟だと感じようが、馬鹿にするべきではない、と考えます。
閑話休題)
なんてここまで書いておきながら読み返してみると、特定個人ではないにせよ、世の中全体を小馬鹿にし、揶揄しているこの記事は、華麗なるブーメランとして自分に突き刺さるのでした、合掌。
こんな自分含め、子供には悪影響だよなぁ。
ちゃんちゃん。
写真は巖手屋の南部煎餅(醤油)。
至高の逸品です。
全部食べちゃった。笑
