運命の日から

一年が経ちました

2018年3月30日

あの日がなかったら

今の生活とは

全く違った日々を

過ごしていたはずです









自分ってなんだろう

本当の気持ちってなんだろう

世間の常識に縛って縛られて

ちゃんとしなきゃ

自分より他人優先

自分より夫や子供優先

わたしなんか後回し

わたしなんかどうでもいい

わたしが居ないほうが

幸せになれたのに

わたしと出会わなければもっと幸せな生活が

出来ていたのに

ごめんね

ごめんなさい

わたしが悪いんです

このままなかったことにしたい

このまますぅっと消えてなくなればいいのに

わたしがいないのが当たり前な世界に

戻ればいいのに





ずっと抱えて生きていた






仁さんの本を読んだのがきっかけで

とも花ちゃんのmamaマスターコースに通い

やっと自分について考えるようになった

自分ってどんな人なのか

自分はどうするのが

好きなのか?

嫌いなのか?

どう感じる人なのか?

自分が自分のことを知るのが楽しくて

自分のことを大切に思えるようになった頃

突然の

大杉漣さんの急死のニュース

生きていることには

限りがあること


いつやって来るのか

わからないこと





このままの自分でいいのだろうか






死を迎えた時

後悔の残る人生にしたくない

このまま終われない

そう強く思った






本当の自分で生きる




 

そして大杉漣さんの急死の数日後

YOSHIKIさんの半生を語る番組を

偶然見た時の

衝撃





よくある啓発本とか

カウンセラーや心理士等がよく言う

本当の自分で生きよう

本能で生きよう

自分を大切にしよう

これらの言葉

番組を見てたら

理屈は何もいらなかった

YOSHIKIさんの行動や言葉から

全部伝わった

YOSHIKIさんの存在自体が

本能で生きる

そのものだった

本当の自分で生きるという

わたしの思っていた概念というか

こういうことだろうと信じていたこと

全部お飾りに感じた

本当の自分の本当が分かってなくて

その本当と思っていたもの自体に

制限つけて

世間体を気にしていた事に気付いた




番組を見ていた時

あまりの衝撃的な半生と

YOSHIKIさんの綺麗で豊かな心を感じて

涙が自然と溢れ

わたしの心よりもっと深いところ

いのち?

魂?

ずっと震えていました

二三ヶ月の間は

その震えでほとんど寝ていませんでした

寝ないでも体調を崩すことなく

いつも浮いてるような

心と体が離れているような

不思議な感覚

それから

YOSHIKIさんの事を知れば知るほど

TOSHIさんや

ほかのメンバーにも興味を持ち

曲を聞いて

美しいメロディーと切ない歌詞に涙が溢れ

Twitterを始めてみると

毎日YOSHIKIさん大好きって書いてる人

このシーンのここが好きって書いてる人

もっと自由に気持ちを表現する場所がある事

表現には何も制限がないこと

140文字の中に思いの丈を表現する楽しさ

大好きと言える幸せ

わたしの気持ちや思いが

拗ねることなく

幼かった頃そのまま

止めどもなく溢れてきました






あの日

あの時

たまたま

春休みで

家族がみんな祖父母の家へ泊まりに行っていなかった

たまたま付けたテレビ

たまたまそのまま変えないで見続けた

誰の目も気にする事無く

感じるままに涙を流せた

全部

たまたまだったけど

全部

必然だったのかも





わたしが

あの日

YOSHIKIさんの半生を知り

YOSHIKIさんから本能そのものを感じた

この一年間

ものすごい勢いで

進んできました

震えたこころ

震えたいのち

震えた魂

だまっていられなかった

行動せずにはいられなかった






生きていること

生きているから感じる

嬉しさ

楽しさ

優しさ

愛おしさ

悲しさ

儚さ

寂しさ

怒り

憤り

感じることの出来る今に

感謝している自分がいます




たまたまは必然?



出会うべくして出会った宝物

自分で掴んだ宝物




いつ来るかわからないその時まで

この宝物を胸に

わたしがわたしを諦めないで

生きていきます







彩COセラピスト 虹の魔法使い
心屋認定講師とも花認定カウンセラー
よったん
第一チャクラのレッド