■感想
作品を見終わった後、
どうやら、俺はまだ父ではないらしい
ということが分かった。
そして、それでいいのだと、
胸がスッとする思いがした―――。
実の子か?育ての子か?
そんな重い問いに、
胸が締め付けられることもなく、
また、
気持ちの抑揚をおさえるでもなく、
たんたんと見ることができた作品であった。
もちろんそこには、
怒りとか、
寂しさとか、
虚しさとか、
感情が起き上がってきて、
目の前を曇らせることがしばしばあるんだけれど、
冷静に、
家族のゆくえを見ていられる、
そんな作品に仕上がっていた。
思わず笑みがこぼれる瞬間も、
何度も何度もあったっけ。
この作品のもっとも素晴らしい点は、
冷静に、
家族のゆくえを見ていられる、
そんな作品に仕上がっていた。
思わず笑みがこぼれる瞬間も、
何度も何度もあったっけ。
この作品のもっとも素晴らしい点は、
子供を交換するとか、
しないとか、
しないとか、
自分の本音はどっちなんだろう、
いまどっちに揺れてるなとか、
考えるでもなく、
役者の演技にまかせて感じられること、
登場人物と観客が一体となれることだ。
実の子か?育ての子か?
登場人物と観客が一体となれることだ。
実の子か?育ての子か?
どこにあるとも知れない
終わりなのか
あるいは、はじまりなのかを、
求めてさまよう葛藤を、
外野として見守りながらも、
役者を通じてダイレクトに味わうことができる。
とはいえ、
感情すべてまかせきりではなくて、
時として、強く登場人物へ訴えたくなるときもある。
それは個人的なことだけど、
例えば、
福山演じる良多を、
今すぐ胸ぐら掴んで殴り倒してやりたくなる瞬間が
ひとつあって、
あれは忘れられないシーンになった。
「・・・パパよりも、だ。」
あのセリフを言い放つシーンは、
家族とはなにか?を強烈に突きつけられた一瞬だ。
(あぁ、今、ブログ書いててもぶん殴りたくなる・・・)
そうして、物語が進むと次第に気づく。
そんなもの
どうでもいいんだよね、と。
つまり、子供たちの葛藤に比べれば。
親の気持ちなんて、
どうでもいいことなんだよね、と。
結局?
やはり答えのカギはそこにあるのだよなぁ。
そこにしかないのかもしれない。
つまり、
取り違えたことよりも、
もはや、家族としてどうあるべきかのほうが大切で、
だから、
結局?
やはり答えのカギはそこにあるのだよなぁ。
そこにしかないのかもしれない。
つまり、
取り違えたことよりも、
もはや、家族としてどうあるべきかのほうが大切で、
だから、
取り戻すなんて考えよりも、
これからもちゃんと作り出していくこと。
家族になるってことや、
育てるってことは、
子供と一緒に家族を作ることだから、
子供も家族の一員で、立派な役割があって、
一緒に家族を作るんだ。
そこでは、血のつながりはなんの意味があるのかと。
そうか――
過去にあった問題が清算されるわけでもないが、
作品の終わり、
主人公たちが、再び前を向いて歩いていく姿は、
ひとつのあるべき生き方をはっきりと示してくれていた。
映画を見た帰り道、考えてみた。
子供も家族の一員で、立派な役割があって、
一緒に家族を作るんだ。
そこでは、血のつながりはなんの意味があるのかと。
そうか――
過去にあった問題が清算されるわけでもないが、
作品の終わり、
主人公たちが、再び前を向いて歩いていく姿は、
ひとつのあるべき生き方をはっきりと示してくれていた。
映画を見た帰り道、考えてみた。
産まれたてのこどもが眠る傍で
俺が絶対に幸せにしてやる
そう強く念ずる父親は少なくないはずだが、
それがしっかりとした覚悟なのかどうか、
試すでもなく、一度究極の選択をしてみるのはどうだろう。
試すでもなく、一度究極の選択をしてみるのはどうだろう。
この子が自分にとって、
本当に必要か、不必要かと。
まぁそんなもの、
誰だって手放したくないと考えるに決まっている。
必要だ、そう念じるはずである。
ただ、父親としての覚悟はその一度きりではない。
例えば6年後、
子供ははっきりと父親を必要としているはずだ。
子供ははっきりと父親を必要としているはずだ。
それは、赤子の頃よりも強烈にだ。
オレたちは動物だ。
家族を作って生きていく動物だ。
家族を作って生きていく動物だ。
子供に必要とされて、それに応えられるか。
あるいは、必要とされていることに気付くことができるか、
改めて覚悟を問うのはそれからになる。
父親として、何ができるか、何をすべきなのか。
子供との対話の中で、それ応えていくことが必要だ。
それこそ父として覚悟のいることだ。
仕事やお金、住環境から教育方法まで、
あらゆることに気をもむ時代だけれど、
子供に応えらること、
その大事――。
オレには一歳の子供がいて、
まだベロベロバーで会話もない。
ということは、オレはまだ本当の父ではないかもしれない。
ということは、オレはまだ本当の父ではないかもしれない。
父となろうとしている者なんだ。
子供が大きくなるにつれて、一緒に父になろう。
それが正解ってことか。
そんなことを考えさせられた映画だったわ。
それが正解ってことか。
そんなことを考えさせられた映画だったわ。