先日先生に借りた本を見ていてなるほどと感じたことがあった。

 
僕は先日から子供の今造形教室でアシスタントをさせてもらうことになったのだが、【こどもの教育】というものを直に感じさせてもらっている。爆  笑
 
ここの造形教室の方針は、世に幼児教育というものを広めた偉人の心を忠実に再現している。
 
それはものすごく哲学的であり、僕自身が思っていたものよりはるかに高次元的なものであった。
 
『子育て』『教育』と聞くと、子供に何かを教えたり、これが正しくこれは間違っているそういった大人の概念的なものを押しつけがちなように思えるが、この偉人の教育とは、『自由な気持ちや、表現したいものを子供が発揮できる場や環境を作る事』にあった。
 
先日ブログにも書きましたが、僕自身も子供の頃は『表現する』ということがあまりできない環境にあった。
絵が好きでも絵は本気でできる環境でなく、どちらかというと勉強やスポーツ、音楽などそういった親の思考の中で『こうあるべき』の中で生きてきたからだ。
それきっかけとは言わないが、もちろん自由を求め脱線しましたチーン
 
僕自身は子育てや教育に関して知識があるわけではないです。
でも、『好きを伸ばすことの大切さ』とか『表現したいものを表現することの大切さ』は幼い頃から感じています。ニコニコ
 
この本を読む中で、そこは重点的に書かれていました。
『大人は子供達を自分たちの考えるような人間像に当てはめ、作り上げようとしてしまう。』
 
『子供は欲しているもの内に持っているものを表現せずにはいられない。だからこそ教育とは自らの内に内在している思想や感情を自由に表現するよう導く事である。』
 
 
そしてこうも書かれていた。
 
『自分の行いがどういう影響と結果を生じたかを速やかに認識できる関係と環境。』
 
 
 
これはアートのみならずすべてのことにおいても同じで、
自分の中にある『好きや表現したい』を内側から外に放出する。
でもその行いによる返答が自分に返ってくることで人は成長する。
そういうことだろう、おそらくw
 
 
 
これは大人社会でも言えることだとは思うけど、
『こうしなさい、ああしなさい』の中で生きている。
でもそれで良くなっていることってあんまりないようにも感じる。
むしろ『どんなことがしたい』の方に重点を置く方が社会全体は伸びる気もする。
 
自己表現ができず、認められず、いいこと悪いことが決められ、人との差を感じさせる、そんな環境の中に生きていたら本来一人一人が開花させれるはずの可能性すらなくなってしまう。
 
確かに秩序を守ることや自由にも限度はある、失敗だってあっちゃいけないかもしれない、でも押さえつければいずれ崩壊につながるとも感じる。
 
 
会社の社長が部下をいいように動かす。
恋愛で相手を束縛し続ける。
 
 
無理な力が働いた時、必ず崩壊に向かうものだ。
ただそうであって欲しいから俺はそうするんだというワンマン的な考え方。
 
 
花に無理やり大量の水を与えれることや動物にむやみやたらに触るのと同じで、自然の摂理から離れることでストレスを与えてしまう。
 
 
 
この世の全てはこの調和のとれたバランスの中で保たれているものだと感じました。
かなり話が脱線し始めてきましたが、ようは『自分自身が表現できるチャンスをたくさん与える』ことが大事ということです。
 
幼少時代に感じたものは大人になった時の基盤になるとも言われています。
そう考えると僕もいまもまだ人目や世間体を気にして自己表現を多少恐れて生きている一人なのかもしれませんガーン
なるべく自分の内面になるものを大切にし、表現し、それであって周りからその気持ちを尊重し大切にされるようになれるといいのかもしれませんね。