日本(特に北海道)において、「クラーク博士」として知られるアメリカの教育者であり、農学教育のリーダーであつたウィリアム・スミス・クラーク氏は、北海道開拓の指導者養成のために 札幌農学校(現北海道大学)の初代教頭として、明治9(1876)年7月

に招かれ来日し来道しました。約9ヶ月の教鞭指導の後、1877年5月に日本を離れアメリカに戻りました。

その後の彼の人生は嬉しく楽しいものではなかったことは本当に残念ですが、札幌時代に残した、「Boys,be  ambitious」(少年よ大志を抱け)は、今の世にも通ずる名言として語り継がれております。

 

しかし、その「少年よ大志を抱け」だけが一人歩きし、クラーク博士が言いたかった全容が伝わっていないような気がしています。

本来の文は

               少年よ 大志を抱け

               それは 金銭に対してではなく

               自己の利益に 対してでもなく

               また 世の人間が名声と呼ぶ

               あの むなしいものに

               対してでもない

 

クラーク博士は、少年には大きな志を持って生きて欲しいが、金銭や自分のためだけの「大志」ではなく、世の為  他人(ひと)のためになることに「大志を抱いて欲しい」と言ったのだと思います。

そして、その切なる思いを学生に残し、日本を離れアメリカに帰国し、マサチューセッツ農科大学の学長を辞したのち様々な挑戦を

試みるも頓挫し、生活苦の中 心臓病を患い、1886年3月9日、失意のうちに59歳で旅立ちました。

 

ただ様々な見方や説があり、この言葉が本当にクラーク博士が発したものかどうかは定かではありません。

しかし、博士は帰国後も 札幌での生活を忘れることなく、逝去の間際には

「札幌で過ごした9ヶ月こそ、私の人生で最も輝かしいときだった」と言い残したと伝えたられる程、札幌を含める日本に対する

愛が伝わります。

 

 その愛に答えるべく、日本は日本人は  公序良俗、安寧秩序の中で自由を謳歌し、いつでも  どこでも

 「世の為  他人(ひと)の為」になることを積み重ねて行きませんか。