GWはいかがお過ごしだっただろうか。
僕は実家に帰り、
孤独と貧困をしばし忘れることができた。
やっぱり実家は素晴らしい。
一人暮らしをするとわかることもある。
もちろん、実家に引きこもり続けたわけじゃない。
大型連休にはきまって、小学校の同級生と飲み会がある。
同じ少年野球チームで汗を流した仲間たちとだ。
お互いの現状報告もそこそこに、
昔話に花を咲かせるのが本来なのかもしれない。
それが正しいのかもしれない。
しかし、そうではなかった。
およそ3時間であったか。
会話の内容のほとんどは風俗について。
まことに恐縮だが、
僕は風俗店に行ったことがない。
するとどうか。
僕にできるのは愛想笑いだけ。
村八分状態。
完全に孤立。
なぜ僕以外のみんなは例外なく風俗経験があるのか・・・
しばらくして、聞き役に徹した僕の胸が徐々に痛み始めてきた。
締め付けられるような、刺されるような。
飲み会の席で孤立したのが悲しいんじゃない。
もっと別の、得体のしれない悲しみだ。
なんでこんなに胸が痛いのだろう。
そんなことを考えてみた。
風俗に通うことが悪だとは思わない。
自分で稼いだ金だ。
どう使おうが、本人の勝手だ。
合法的に性的快感が買えるのだから、
何も悪いことじゃない。
僕はこの悲しみの理由について、
少し考えてみた。
そして、見つけた理由の一つ。
それは、僕は彼らの小さいころを知っているからではないだろうか?
僕らは同じグラウンドで、一つの白球を追いかけた同志だ。
一つの勝利をみんなで喜び、
一つの敗退を悲しみあった仲間だ。
あの頃、僕らは何も知らない少年だった。
排泄物や性器をネタに、
一日中ゲラゲラと笑っていられるほどに無知だった。
その少年たちは、やがて知識を得て、
そして、性の喜びを知った。
「赤ちゃんはコウノトリが運んでくる」
と信じていた少年は、
自らの男根に関して、尿を排出する以外の使い道を覚えたのだ。
思い出した。
サンタクロースの正体を知った時と同じ感覚だ。
そうか・・・
僕らは大人になったんだ。
その時の流れを感じ、
僕は悲しいのかもしれない。
