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てなわけで観光いきましたー
光州は民主化運動が活発だった町で政府との間で悲しい事件が起こってしまったことで有名な町。
民主化運動が活発だった29年前、政府は光州の連絡網、交通網をすべて遮断し、町の人を閉じ込め虐殺、幽閉した。結局、多くの住民が殺害されたこの事件の真実を明らかにするのも長い時間がかかったそうだ。
その日が5月18日だったことで5、18にまつわる建物がたくさん残されている。
その中のひとつ5,18自由公園にいくことに
民主化が実現して、今の暮らしがあるってのは韓国も日本も闘った人たちがいるからなんやって思ったら、どんなんだったんかなって思ったんじゃわ。
そんな思いを胸に、バスを探し乗り込んだわけじゃけども。。。うまいこと降りられず。
後でわかったのだが、その公園は私の宿のすぐ近くにあったらしい、のだがバスでなぜか3時間かかったのさ。。。
光州に迷いこみ、光州でも迷うっていう。
公園に着いた時にはすでに6時。
とにかくなんか見なっ、と建物の中に入ってみると受付にキレイなおねえさんが
おねえさん『モシカシテ日本人デスカ?』
あたす「おおー!日本語話せるの!?」
おねえさんは日本語を勉強しているらしく、資料館の案内や説明をしてくれるという
しかも、6時で業務終了だったにもかかわらず、ありがたや!
そのおねーさん、リーミエさんのおかげで、その事件で受けた人たちの苦しみや悲しみを、一人だけで資料館を見るより100万倍くらい知ることができました。人間としての痛みを知ることで、韓国が近い国になったように思った。あざーした!
そしてですね、もぅもはや色んなところをぐるぐるしておった私は、宿の場所、まったくわかんなくなってたんですよ。
そんな私を送ってくださるとのこと![]()
ほんで車の中で話していると、自分には子供が2人いると!
しかも中学生と高校生の!!
「えっ!見えない!!!」確実におねえさんだと思ってたのに、まさかマダムだったとはっ!!もぅびっくりしやした。
そして、今日は夫がいないので泊まりにこないかといってくれたのよ、なんと![]()
でももうすでにホテルをとっていたため、今回はお断りすることに。。

その後、ご飯を食べに行き、色々話させてもらった。韓国の不思議に思ってたこと、日本のこと、色々話しができ楽しかったー
その上奢ってもらっちゃったりなんかして。

ミエさんは「次に韓国に来た時は、泊まりに来てね」と微笑みながら、帰っていきました。
なんといい人かっ!私だったら、仲良くなった外人を家に呼んであげたり。。。できない!私の部屋きたないし!
ミエさんに出会えたおかげで、テンションマックス下がりっぱなしだったそれまでの出来事が、ミエさんにめぐり会うための奇跡のシナリオであったような気さえしまっさ。
あのとき間違えなく天使みたいな存在でした、すさみきったあたしの心のオアシスでした。
あざーした!
