9月16日の雑記「くり~」の毬栗をーーーー

$yooshiの雑記ブログかも!-毬栗

「秋」ですな!
少年の頃であるから小学生中高学年である。
よく母に本を読めと口酸っぱく云われていた。
そう云う母は読書家であり、父のと結婚で嫁入り道具に本棚と本が運び込まれたそうだ。


幼少時には本棚にびっしりと本が並んでいた事を記憶している。
その中の本を適当に選び、挿絵をなぞった悪戯をしていた。
その当時は、悪戯と思っていたのでは無く落書きを覚えたてで、
何かの絵を真似る事に夢中になっていたのだと思う。


十数年後に、母にその悪戯がバレるのである。
その発端は、母の本を父が無断で整理しようと思う所から始まる。
当然、それを知った母は怒るのである。
本の一冊一冊にその当時の母の思い出が込められた大切な物である。
渋々、母は納得し、母自身で本の選別を行うことになり、
その過程で幼少期の僕の悪戯が発見されるのである。
そんな思い入れのある本へ悪戯であるが、母はもう本を選別する事に決めた時点で決意していたのであろう。
僕が怒られる事は無かった。または、二十歳を超えた僕を怒るには余りにも時間が経過し過ぎていたのかも知れない。



とうの僕はと云えば高校卒業までろくに本を読む事も無く。
「路傍の石」、「カモメのジョナサン」などなど多くの本を母に勧められ、購入してくれるが全くと云って無関心で、
困ったのは夏休みの読書感想文である。
適当な本を選ぶが、興味が無いので読み進められない。
「適当」と云う所ですべてに間違えを生んでいる。
最終的には「解説」を読んで何とか仕上げるのである。
超~適当!
その後、「新人類」、「無関心」世代と云われる事となる。


本を読むきっかけは、当時通っていた学校へは電車通学で帰りの電車まで時間に間がある時に、
本屋で時間をつぶすか、焼きそば屋へ行くかのどれかである。
とある日、本屋である一冊のタイトルに目を引かれる。
『人生は野菜スープ』
野菜スープと人生がどう絡むのであろうか?
野菜プープなるものが自身の食生活の中には出てこない。西洋の料理であろう位で
汁気の多い野菜のごった煮と思ったり、と云う事は人生はごった煮かぁ~
とタイトルで思いを巡らせていた。


この短編小説の中に「馬鹿が惚れちゃう」で、つい最近まで住んでいた町が登場するのである。
その部分を読んだときの「ワクワク」、「ドキドキ」、何処だろうか?此所だろうか?
と読み進めた事を覚えている。

それから、この本の作家の単行本を読む事になる。
この当時、角川文庫から次から次へと出版されていた。


それから読書が始まり卒業までの2年間で50冊を読み終えるのである。
これは本当に凄い事と思うのである。全く読まない人間がひと月に2冊も読むのだから……
さて、『シルバーウィーク』がはじまるが、もうーすでに今日から僕の『シルバーウィーク』が始まった。
昨夜はやっぱり飲んでいた。
午前3時までで昼起きである。
15日は盛岡で午前1時まで飲んでいた。
こんな事では何もせずに「シルバーウィーク」は無駄に終りそうである。
明日、18日もPM7:00から飲み会である。

何故に『シルバー』なのであろうか?
調べてみると、映画界が定着させた春の「ゴールデンウィーク」に対して、秋の「シルバーウィーク」で「金」と「銀」
または、連休中に「敬老の日」が含まれる事からと云われているようである。

近所の庭先にある栗の木に「毬栗」が青々とぶら下がっている。
「秋」である。
14日~16日まで地元神社の「秋季例大祭」が行われ、秋真っ盛りである。