タイトル スリープ

公開年

2023年

監督

ユ・ジェソン

脚本

ユ・ジェソン

主演

イ・ソンギュン

制作

韓国

 

このサイトでもホラー映画は良く取り上げるし、私個人もホラー映画は大好き。映画だけでなく、ぁみさんや稲川淳二座長の怪談は好んで見ているし、座長の「ミステリーナイト」のDVDは全部持っている位好きだ。ただ、だからと言って心霊を信じているかと言えばそうでもなく、心霊はエンタメとして楽しむように心がけていてどちらかと言えば懐疑派。但し、否定派かと言えばそんな事もなく、幼稚園の頃に宮崎の平和台公園でふたつの太陽を見た事があるし、就職して職場の慰安旅行で人吉に行ったところ、明け方に足を何者かに捕まれる体験をして、念仏を唱えたところ放されたという経験をしたことがあるので、「ひょっとしたらあるかもしれない」という立場。とはいえ、心霊写真などは大半はシミュラクラ現象で説明がつくと思っている。そんな自分でも映画となると、そこは悪霊が大暴れするような映画を期待してしまうのだが、最近はそんな映画も食傷気味で「なんか、一ひねりある様なホラー映画ないかな?」と思っていたところ、本作に出会うことになった。

「パラサイト 半地下の家族」で知られるイ・ソンギュンが夫ヒョンスを演じたが、ご存じの通りソンギュンは薬物使用疑惑をかけられ自殺したとされる。真偽は不明だし事実なら許されることではないが、将来ある才能が自ら命を絶ったことは残念でならない。

幽霊にストーカされるのも納得するぐらいチョン・ユミは美人

 

主人公ヒョンスはあまり売れていない俳優で、妻スジンはロッテグループのチーム長。韓国で財閥の管理職はもう勝ち組確定なので、我々が思う以上に二人は格差がある。ただ二人は見ている限りラブラブ。ただ、このラブラブっぷりは、ちょっと違和感を覚える。

スジンは妊娠していて、二人とも子供の誕生を心待ちにしている。二人にとって気がかりだったのは、何かと苦情を言ってくる階下の老人だったが、その老人もいつの間にかいなくなり中年の女性ミンジョンと幼い子供が引っ越していた。ただ、引っ越して1週間後にミンジョンが挨拶に来た時、「毎日明け方に大きな音がして時々悲鳴がする」と言われる。その前日の明け方に侵入者の形跡がありひと騒ぎがあったばかりだったので、その事と思いとりあえず詫びを言って済ませたが、スジンはちょっと気になる事があった。その日、ヒョンスがやはり明け方にいきなり起き上がり「誰か入ってきた」と言ったのだが、その事をヒョンスは全く覚えていない。

その夜からヒョンスは寝るたびに異常行動を繰り返すようになり、頬をかきむしったり、生肉を食べ、生魚を丸のみにしたり、窓から飛び降りようとする。仕方なく部屋に鉄格子をつけるといった対策を取った上で、夫婦は睡眠クリニックの受診。その結果夢遊病という事で薬が処方されるが、効果はあまり見られない。そんな中、スジンの母は、知り合いの巫女を連れて来ようとする。最初は相手にしなかったスジンだったが、子供が生まれ危険が及ぶ心配から巫女を呼ぶ。すると巫女は、ヒョンスにスジンの事を想う男の霊が憑りついていると言った。これまで付き合った男を調べているうちに、スジンはある男の事が頭に浮かんだ。

この巫女がガチか似非かで映画の解釈は大きく変わる

 

映画はこの辺りから現実とスジンの空想が複雑に交差するが、それはスジンの不安を端的に表している。二人は格差婚で家計の大部分はスジンが担っている。それだけにスジンには家計とともに、出産というストレスがかかっているが、それはヒョンスも同じで、中年になっても売れない俳優で、子供が出来てここは一念発起して頑張らねばならないのに、結果が伴っていないというむしろ彼の方が深刻と言える。ただ、二人は表面的にはラブラブ。ヒョンスは優しく子煩悩で明るい“オッパ(本来は兄という意味だが、優しく頼りがいのある年上の男性に対して女性が用いる)”で、スジンは美人で優しく、仕事と家庭を両立している良妻賢母。ただ、それまでは二人の間で微妙な均衡を保っていたのだが、妊娠、そして出産によってそのバランスは崩れる。妊娠によって崩れたのはヒョンスの方で、儒教の強い韓国では家長としてより強い責任が生じるが、彼は相変わらず売れない俳優。転職を考えても妻から諭され断念する。スジンにすれば夫を励ましたつもりだったが、ヒョンスにとってはまさに退路を断たれ追いつめられた気分だったはず。一方出産はスジンのバランスを崩す。育児という未知の作業をやることになり、更に何をするか分からない就寝中の夫から幼い娘を守るというストレスが加わる事で、次第に彼女も狂気へと導かれ、それを決定づけたのが巫女の託宣で、夫の中に自分を狙う邪悪な霊の存在を意識する様になり、精神のバランスを崩し、ラストの斜め上を行く行動に繋がる。

映画では、スジンはヒョンスに“憑りついている霊”を偶然知ることになるが、それ自体特に意外性はない。ただ、その事でスジンは霊という目に見えないあやふやな存在から、はっきりと目に見える明確な敵を意識し、それが終盤の暴走へと連なる。それを抑えるためには彼女の願いをかなえるしかないが、ここで本作の設定が生きてくる。まさかここで伏線が回収されるとは思わなかった。

以上が私の考察だが、最初に述べた通り私は心霊現象懐疑派なので、その立場で採れる解釈をしたのだが、果たしてこれが正しいのかどうかは不明。ひょっとしたら本当に、心霊現象なのかもしれないのだし、その解釈も正しいと思う。

しかし本作を見ると、優しく誠実なのだが、どこかに危うさを秘めた主人公を見事に演じている、イ・ソンギュンの俳優としてのすばらしさが嫌でも思い知らされる。なんといっても声が良い。薬物は決していい事では無いが、仮に事実だとしても命を絶つことはないと思うし、再起の機会はあったと思う。そんな思いを抱きながら、映画館を後にした。