桃太郎 海の神兵(1945年) 監督 瀬尾光世 

 

海軍軍人の猿、犬、雉、熊が故郷の動物が住む村に休暇で帰ってくる。休暇を楽しむ彼らのうち、猿は弟を含む近所の子供たちから海軍の仕事について聞かれると航空兵であると語るがそれは嘘で、実際は猿と犬、熊は極秘で編成された海軍陸戦隊落下傘部隊であった。やがて休暇が終わり、南方へ向かう彼らは海軍設営隊と現地民が協力して建設した飛行場に赴き、現地民に日本語を教える傍ら桃太郎隊長と共に訓練に明け暮れる。やがて、かつて平和な島だったが鬼のだまし討ちにより征服された「鬼ヶ島」への空挺作戦が発動される。

 

太平洋戦争劈頭の、南方戦線のセレベス島・メナドへの日本海軍陸戦隊の落下傘部隊による空挺効果作戦を題材としている。当時の大日本帝国の大義であった「八紘一宇」と「アジア解放」を主題にした大作となっている。あえて戦争末期に初期の大戦果を描こうとしたのは、メドナへの空挺作戦は、日本軍としては史上最初の空挺作戦であったのに、パレンバンに降下した陸軍に配慮して発表が後回しにされたから、戦争末期に意趣返しをしたということか。

上映時間74分は国産アニメーション映画としては長編。プロパガンダ映画映画だから当時の政府、海軍より27万円という巨費が投じられと100名近い人員を結集して制作された。しかし、戦況の悪化から、若いスタッフは次々と徴兵、徴用されて減っていき、当初70名近くいたアニメーターは、完成時には15名ほどに減っていた。また物資不足も深刻で、「くもとちゅうりっぷ」でもセル画等の使いまわしが行われたが、本作はさらに質の悪いザラ紙の動画用紙すら使いまわされ、セルも絵具を洗い落として再使用するなどの大変劣悪な制作環境だったという。

落下傘部隊のシーンは、1週間の体験入隊を行うなどして実際の動きを細かく分析、マルチプレーン撮影台や透過光(世界初と言われている)などの特殊効果も用いた大掛かりな制作であった。

中盤の基地設営のシーンや、日本兵が現地の子供に日本語を教えるシーン等、ミュージカル仕立ての場面があるが、これは日本軍が占領地で接収したディズニーの長編カラーアニメーション映画「ファンタジア」を、海軍省を通じて見た、監督である瀬尾光世が、参考にしたという。たとえ戦意高揚が目的であっても、「ファンタジア」のように子供たちに夢や希望を与える作品にしたいとの願いがあったからと言われている。ちなみに同様に接収した「風と共に去りぬ」を見た軍人たちが「こんな映画を作る国と戦争して勝てるのか?」と、一様にうなだれたというエピソードもある。分かる人には分かっていたんだな。

作画の気合の入り方は相当なもので、全編通してキャラクターの動きがこまやか。服が風でそよぐところや、旭日旗をはじめとした旗が靡くところなど、物資不足の中でよくここまでやれたな、と思うほど。九六式陸攻を改造した九六式陸上輸送機が降下シーンに登場。下から見上げたカットで、次々と落下傘の花が開くところなど芸も細かい。輸送機の中で、クマが何度も腕まくりする事で、緊張を表すなど芸も細かい。武器は別のコンテナに入っていたり、92式歩兵法を組み立てたり実際に海軍に取材した成果と思われる描写もある。

桃太郎が鬼に降伏勧告をするシーンは、シンガポールを攻略した時、山下将軍が「イエスかノーか」と迫ったエピソードにヒントを得たのだろうが、実際には山下将軍は不慣れな通訳に「イエスかノーかだけ聞といてくれ」と言っただけ。本人はのちにその件を聞かれるたびに「山下は敗軍の将を恫喝するような真似はしない」と、迷惑そうに答えていたそうな。

本作で降伏を迫られた鬼が、小刻みに震えながら早口の英語で捲し立てるシーンも、その描写の細かさに驚かされるし、降伏した鬼の中にポパイのそっくりさんがいるのは有名。ご丁寧にほうれん草の缶詰を落とすシーンまである。

ただ今見ると印象に残っているのは、動物たちが楽しく歌い踊っているシーンばかりで、プロパガンダ映画としては若干弱い気がする。この辺りは瀬尾監督が「ファンタジア」を意識した影響かもしれない。

本作は敗戦後、フィルムはGHQにより戦意喪失目的で没収・焼却されたと思われていたが、1982年に松竹の倉庫でネガが発見されて再び陽の目を見ることとなり、松竹系で一般公開された。ひょっとしたら戦後「GHQに没収された」と言ってるものの大半は、終戦後のどさくさで日本人が紛失したのではないかと疑いたくなる。