戦時中から始まった、アジア諸国の独立 (欧米諸国から独立のため、日本に支援を求めたアジア諸国) 日本の敗戦後、植民地を取り返しに来た欧米諸国、敗戦後も原住民義勇軍といっしょに、彼らの独立のため戦った日本軍人たち アジア諸国は、死をも恐れぬ「日本精神」で連合国と戦いぬき、白人はついにアジア人を支配する事をあきらめた (ヨーロッパ人に、日本を裁く権利がはたしてあるのか?) 世界じゅうで始まったドミノ倒し、白人はその瞬間、神ではなくなった 最初のドミノは日本が倒した (日本が、アジア諸国の独立に火をつけ、それはやがてアフリカに広がった) 大東亜戦争で、日本はアジア諸国を侵略し、耐えがたい悲しみと苦痛を与え、アジアの人々から憎まれている。このため、政治家が繰り返し謝罪し、歴史教科書を通じて罪悪感だけを植え付ける教育が行われている。しかし、この歴史観は、大東亜戦争のほんの一面しか表していない。事実、 アジア諸国には、親日的な人々、 あるいは、日本に感謝する人々が大勢いる。 我々が目にすることのできる情報と言うのは、やはりマスコミによって一度ふるいに掛けられ、「操作されている」と言わざるをえない。 日本がアジアに残した功績 1945年8月大東亜戦争は終わりを迎えた 祖先の目指したもの 彼らの功績を日本人は知ってるだろうか ・タイ国元首相 ククリックド・プラモード氏 日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。 日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、産まれた子供はすくすくと育っている。 今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。 それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。 十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日である。 我々はこの日を忘れてはならない。(十二月八日、現地の新聞「サイアム・ラット紙」) ・インド元大統領 ラグ・クリシュナン氏 インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。 それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈もした。 驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。(昭和44年「日本経済新聞」) ・インドネシア元情報宣伝相 ブン・トモ氏 我々アジア・アフリカの有色民族は、ヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが、全部失敗した。 インドネシアの場合は、三百五十年間も失敗が続いた。それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。 我々は白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。 一度持った自信は決して崩壊しない。日本が敗北したとき、「これからの独立は自力で遂行しなければならない。独力でやれば五十年はかかる」と思っていたが、独立は意外にも早く勝ち取ることができた。 ・インド極東国際軍事裁判判事 ラダ・ビノード・パール氏 要するに彼ら(欧米諸国)は日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、自らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の17年間(昭和3~20年、東京裁判の審理期間)の一切を罪悪と刻印する事が目的であったに違いない。 私は1928年から1945年までの17年間の歴史を2年7ヶ月かかって調べた。この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もある。それを私は判決文の中に綴った。 その私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。それなのに、あなた方は自分らの子弟に、「日本は犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」を教えている。 満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。 日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを私は平然として見過ごすわけにはゆかない。 あやまられた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。あやまられた歴史は書き換えなければならない。(昭和27年11月5日、広島高等裁判所での講演) ・韓国 韓日文化研究所 朴 鉄柱氏 大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。 戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。 日本は戦争に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、「聖なる戦争」であった。 二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。
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