心を癒す・・・詩の朗読(立原道造・中原中也・伊藤静雄・堀口大学)




  

夢見たものは
   
     立原道造
 
夢見たものは ひとつの幸福
 
ねがつたものは ひとつの愛
 
山なみのあちらにも しづかな村がある
 
明るい日曜日の 青い空がある

 
日傘をさした 田舎の娘らが
 
着かざつて 唄をうたつてゐる
 
大きなまるい輪をかいて
 
田舎の娘らが 踊りををどつてゐる

 
告げて うたつてゐるのは
 
青い翼の一羽の 小鳥
 
低い枝で うたつてゐる

 
夢見たものは ひとつの愛
 
ねがつたものは ひとつの幸福
 
それらはすべてここに あると


月夜の浜辺 
   
     中原中也

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
   月に向つてそれは抛れず
   浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁み、心に沁みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?



「湖  上」

     中原 中也 
 


ポッカリ月が出ましたら、 
舟を浮べて出掛けませう。 
波はヒタヒタ打つでせう、 
風も少しはあるでせう。 
  
  
沖に出たらば暗いでせう、 
櫂から滴垂る水の音は 
昵懇しいものに聞こえませう、 
--あなたの言葉の杜切れ間を。 
  
  
月は聴き耳立てるでせう、 
すこしは降りても来るでせう、 
われら接唇する時に 
月は頭上にあるでせう。 
  
  
あなたはなほも、語るでせう、 
よしないことや拗言や、 
洩らさず私は聴くでせう、 
--けれど漕ぐ手はやめないで。 
  
  
ポッカリ月が出ましたら、 
舟を浮べて出掛けませう、 
波はヒタヒタ打つでせう、 
風も少しはあるでせう。


なかぞらのいづこより
                 
            伊藤 静雄

 
 なかぞらのいづこより吹きくる風ならむ
      
 わが家の屋根もひかりをらむ

 ひそやかに音變ふる

 ひねもすの風の潮や
 

                         
 春寒むのひゆる書齋に 書よむにあらず
 
 物かくとにもあらず
 
 新しき戀や得たるとふる妻の獨り異しむ
 

 
 思ひみよ 氷れる岩の谷間をはなれたる
  
 去年の朽葉は春の水ふくるる川に浮びて
            
 いまかろき黄金のごとからむ



    夕ぐれの時はよい時

              堀口 大学

    夕ぐれの時はよい時、
    かぎりなくやさしいひと時。

    それは季節にかかはらぬ、
    冬なれば暖炉のかたはら、
    夏なれば大樹の木かげ、
    それはいつも神秘に満ち、
    それはいつも人の心を誘ふ、
    それは人の心が、
    ときに、しばしば、
    静寂を愛することを、
    しつてゐるもののやうに、
    小声にささやき、小声にかたる……

    夕ぐれの時はよい時、
    かぎりなくやさしいひと時。

    若さににほふ人々の為めには、
    それは愛撫に満ちたひと時、
    それはやさしさに溢れたひと時、
    それは希望でいつぱいなひと時、
    また青春の夢遠く
    失ひはてた人々の為めには、
    それはやさしい思ひ出のひと時、
    それは過ぎ去つた夢の酩酊、
    それは今日の心には痛いけれど
    しかも全く忘れかねた
    その上(かみ)の日のなつかしい移り香

    夕ぐれの時はよい時、
    かぎりなくやさしいひと時。

    夕ぐれのこの憂鬱は何所(どこ)から来るのだらうか?
    だれもそれを知らぬ?
    (おお! だれが何を知つてゐるものか?)
    それは夜とともに密度を増し、
    人をより強い夢幻へみちびく……

    夕ぐれの時はよい時、
    かぎりなくやさしいひと時。

    夕ぐれ時、
    自然は人に安息をすすめるやうだ。
    風は落ち、
    ものの響は絶え、
    人は花の呼吸をきき得るやうな気がする、
    今まで風にゆられてゐた草の葉も
    たちまちに静まりかへり、
    小鳥は翼の間に頭(こうべ)をうづめる……

    夕ぐれの時はよい時、
    かぎりなくやさしいひと時。







↓   ↓   ↓      
        

※ こちらも“プチッ”とお願いします→
↓   ↓   ↓
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ(文字をクリック)