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お笑いタレントの亀山房代さん死去 42歳

『亀ちゃん/・なんで、死んでもうたん?』

里見まさと・亀山房代のコンビは楽しかったのに、まだまだ若いのに・・・

謹んでご冥福を祈ります


 お笑いタレントで元漫才師の亀山房代さんが23日午前、心筋細動のため、神奈川県内の病院で死去したことが25日、分かった。

42歳の若さだった。所属のよしもとクリエイティブ・エージェンシーが発表した。

 葬儀、告別式は近親者のみの密葬で執り行われ、後日「お別れ会」を開く予定。

 亀山さんは吉本興業のお笑い養成学校「NSC」第5期生。1989年11月、元「ザ・ぼんち」の里見まさとと漫才コンビ「里見まさと・亀山房代」を結成した。

里見との漫才コンビを解消後に産休を取り2003年に女児を出産した。その後はテレビやラジオへの出演とともに執筆、講演にと幅広く活躍していた。


亀山房代さんの略歴

吉本総合芸能学院(NSC)の5期生として吉本入りし、心斎橋筋2丁目劇場を中心に活動する。この頃、4時ですよーだ(毎日放送)にも出演する[1]。

1989年、ザ・ぼんちを解散したばかりの里見まさと(ぼんちまさと から改名)に誘われ、漫才コンビ「里見まさと・亀山房代」を結成する。また、個人としても関西ローカル情報番組のレギュラーを務める。 ワイドABCDE~す(朝日放送(ABC))では、大阪駅前から生中継で様々な情報を伝える「亀ちゃんの駅前情報局」のコーナーを担当する。

2001年に結婚・妊娠し、同年末に「里見まさと・亀山房代」を解散。その後は、テレビ番組のコメンテーターや性教育に関する講演活動をする。

2009年11月23日、心室細動の為に神奈川県内の病院で死去[2]。葬儀は身内で全て済ませ、後日、芸能関係者によるお別れの会がある。

主な出演番組 [編集]
4時ですよーだ(毎日放送)
ワイドABCDE~す(朝日放送)
ぐるっと関西おひるまえ(NHK大阪放送局)
中国語会話(NHK教育テレビ)
ほか

「里見まさと・亀山房代」としての活動
1989年、元ザ・ぼんちの里見まさと(ツッコミ)と亀山房代(ボケ)によって結成される。亀山の事実上の師匠は里見まさとである。亀山は元々ピン芸人であったため、まさとから漫才のいろはを教わった。

キャリアウーマンのようにしっかりした亀山が立て板に水の喋りで話題をリードしつつボケて、年上のまさとが突っ込むという島田洋之介・今喜多代風のオーソドックスな形式であり、一発ギャグを用いない超正統派であった。

結成当初は、まさとはザ・ぼんちで大きな実績があったとは言え「まさと・亀山」は新人コンビであり、一回り以上若い芸人達と同様に、劇場での興行の前半で、殆ど客のいない客席に向かって漫才をするなどの再度の下積み活動をするのは屈辱的であった旨をナンバ壱番館(朝日放送)などで語っている。しかしながら、亀山を鍛えつつの地道な活動が実り、1995年、上方漫才大賞奨励賞を受賞。その後、1997年に上方お笑い大賞金賞、翌1998年には上方漫才大賞・大賞を受賞する。上述のように2001年末、亀山の妊娠・出産に伴って解散した。





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