吉野・高野・熊野(三霊場)の神秘
○神秘的な自然と人々の祈りが形成した景観を特徴とする文化遺産です。
日本が世界に誇る「目に見えない精神文化」の発信聖域です。
紀伊山地は、奈良県、和歌山県、三重県の三県にまたがる古来から連綿と続いて来た霊場です。
古代から奈良や京都や大阪にに住む人々は、吉野川から南の紀伊山地全体を「神々がいます地、仏が宿る聖域」と考え、畏れ敬ってきました。
それは、吉野・高野・熊野が都から南方に位置して、太陽の光のさす・・一年を通じて雨が多く険しい山岳地形になっていることが、人々を寄せ付けない、山や岩、森や樹林、川や滝などが信仰心を呼び起こさせてきたのです。
神秘の光を受け、澄み切った空気、清らかな水、心が鎮まる連山・・・そこに
神仏の姿を見たのです
紀伊山地の霊場と参詣道(世界遺産)
(吉野・大峯) 蔵王堂・吉水神社・吉野水分神社・金峯神社・大峰山寺
(高 野 山) 金剛峯寺・慈尊院・丹生都比売神社
(熊野三山) 熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社・青岸渡寺
紀伊山地は、1300年以上にわたり日本の宮都であった奈良・京都の南に位置し、太平洋に突出した紀伊半島の大部分を占める山岳地帯で、鬱蒼とした森林に覆われた山々は、神仏の宿るところとして、古くから信仰を集めてきました。
特に「吉野・大峯」、「熊野三山」、「高野山」は、それぞれ修験道、神仏習合、真言密教の独自性を保ちながら、山岳霊場として相互に関連して発展を遂げ、修験道の修行の場となった「大峯奥駈道」やおびただしい参詣者を集めた「熊野参詣道」、「高野山町石道」は、日本の精神文化形成そのものにも、大きな影響を及ぼしました。
このように、「紀伊山地の霊場と参詣道」は、山岳に依拠する「三つの霊場」と「三つの参詣道」によって構成されていますが、自然と人間の信仰心が一体となって織りなす「文化的景観」が、文化遺産としての重要な柱となっている点も、特徴の一つです。
「紀伊山地の霊場(れいじょう)と参詣道(さんけいみち)」について
(経緯)
平成13年4月
暫定リスト登載
平成15年1月16日
世界遺産条約関係省庁連絡会議にて推薦
1月下旬
推薦書提出
3月17~22日
世界遺産委員会臨時会合において,平成16年の世界遺産委員会における登録審査物件の決定
10月11~19日
ICOMOS(国際記念物遺跡会議)による現地調査
平成16年1月16~18日
ICOMOSによる審議
7月7日
第28回世界遺産委員会(中国蘇州)において登録
(内容)
1.名 称
「紀伊山地の霊場と参詣道」(Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range)
2.所在地(3県で合計29市町村にまたがる)
三 重 県
尾鷲(おわせ)市,熊野(くまの)市
度会(わたらい)郡 大内山(おおうちやま)村 北牟婁(きたむろ)郡 紀伊長島(きいながしま)町,海山(みやま)町,
南牟婁(みなみむろ)郡 御浜(みはま)町,紀宝(きほう)町,紀和(きわ)町,鵜殿(うどの)村
奈 良 県
吉野(よしの)郡 吉野(よしの)町,黒滝(くろたき)村,天川(てんかわ)村,野迫川(のせがわ)村,大塔(おおとう)村,
十津川(とつかわ)村,下北山(しもきたやま)村,上北山(かみきたやま)村,川上(かわかみ)村
和歌山県
新宮(しんぐう)市
伊都(いと)郡 かつらぎ町,九度山(くどやま)町,高野(こうや)町
西牟婁(にしむろ)郡 白浜(しらはま)町,中辺路(なかへち)町,日置川(ひきがわ)町,すさみ町
東牟婁(ひがしむろ)郡 那智勝浦(なちかつうら)町,熊野川(くまのがわ)町,本宮(ほんぐう)町
3.資産の範囲
推薦資産は,文化財保護法に基づき,史跡7件,史跡・名勝1件,名勝1件,名勝・天然記念物1件,天然記念物4件が指定されている。また,国宝4件,重要文化財23件の建造物が含まれている。
資産の面積
495.3ヘクタール
緩衝地帯の面積
11,370ヘクタール
合計
11,865.3ヘクタール
4.資産の種別とその内容
(1)世界遺産条約上の区分
文化遺産 記念工作物(『世界遺産条約』第1条による)
遺跡(『世界遺産条約』第1条による)
文化的景観(『世界遺産条約履行のための作業指針』第39節による)
(2)内容
「紀伊山地の霊場と参詣道」は,修験道の拠点である「吉野・大峯」,熊野信仰の中心地である「熊野三山」,真言密教の根本道場である「高野山」の三霊場及びそれらを結ぶ「参詣道」から構成される。
霊場「吉野(よしの)・大峯(おおみね)」
紀伊山地の最北部にあり,三霊場の中で最も北に位置する。農耕に不可欠の水を支配する山あるいは金などの鉱物資源を産出する山として崇められた「金峯山」を中心とする「吉野」の地域と,その南に連続する山岳修行の場である「大峯」の地域からなる。修験道の中心的聖地として発展し,10世紀の中頃には日本第一の霊山として中国にもその名が伝わるほどの崇敬を集めるようになった。日本中から多くの修験者が訪れ,「吉野・大峯」を規範として,全国各地に山岳霊場が形成されていった。
<構成資産>
吉野山(よしのやま),吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ),金峯神社(きんぷじんじゃ),金峯山寺(きんぷせんじ),吉水神社(よしみずじんじゃ),大峰山寺(おおみねさんじ)
(参考)世界遺産(文化遺産)の登録基準
次の6つの評価基準(criteria)のひとつ以上に該当すること
ⅰ)
人類の創造的天才の傑作を表現するもの
ⅱ)
ある期間を通じて,又はある文化圏において,建築,技術,記念碑的芸術,町並み計画,景観デザインの発展に関し,人類の価値の重要な交流を示すもの
ⅲ)
現存する,又は消滅した文化的伝統又は文明の唯一の又は少なくとも希な証拠となるもの
ⅳ)
人類の歴史上重要な時代を例証する,ある形式の建造物,建築物群,技術の集積又は景観の顕著な例
ⅴ)
特に,回復困難な変化の影響下で損傷されやすい状態にある場合における,ある文化(又は複数の文化)を代表する伝統的集落又は土地利用の顕著な例
ⅵ)
顕著な普遍的な意義を有する出来事,現存する伝統,思想,信仰又は芸術的,文学的作品と,直接に又は明白に関連するもの
(写真)
紀伊山地の霊場と参詣道として世界遺産に登録されている≪吉野≫の社寺
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