自由と制限、どちらも役割があり大切だから、イイ感じに間をゆらいで生きたい | 好きなことして生きていこうよ

好きなことして生きていこうよ

好きな音楽がしたくて、その時間を作りたくてネット物販などで起業。
そんな、ある日、電子ピアノをもって旅をし、出会った人たちの温かい支援のもと、ついにコンサートを3回も開かせてもらう。めっちゃ幸福!
その後、コンサートの回数を増やし、活動を広げている

ブログを読む

 

自由と制限、どちらも役割があり大切だから、イイ感じに間をゆらいで生きたい        枠という制限の中に収まることと、 自由に開放していくことの どちらか一方だけを採択し 「極論的な生き方」にならないよう、 イイ感じに揺らいで生きたいものです           自然はフラクタル構造       あのね、実は、僕らが 日常生活において、たくさんの音を耳にしている。     スーパーに行言っても、 ファミリーマートに行っても、 テレビを見てもYOUTUBEを見ても、 街中を歩いていても、       実にたくさんの「音楽」が鳴ってるし、         それに「踏切の音」 「人の話し声」 「人々が歩く足音」 などなど、もう無数の音に囲まれてる             そんでね、そんな僕らが普段耳にしている 「音楽」のほとんどはね、 「自由の音」じゃないんだ。         「自由」という解放された音ではなく 「枠」という「制限された音」 でできているものがほとんどなんだ。 *もちろん「自由な音」も日常にたくさんある。           この「制限された音楽」とは、 人工的に作られた音楽なんだ。           それに対して、本来の「自然の音」というのはね、 正式には「倍音」(ばいおん)と呼ばれるもので構成される。 そんで倍音はね、こんな形で、 「カタツムリのぐるぐる渦巻き」みたいに ミクロな空間へと音が無限に広がっていくの フラクタル構造↑           でもね、僕らが普段耳にしている音楽は、 実は「人工的に作られた音」だからね、 「ぐるぐる渦巻き」じゃなくてね、 こんな風にキレイな「丸」に整えられちゃってるの↓ *メモ:音単体でみると1音1音に倍音は含まれています            リンクarknoah.net